評伝 森恪 の商品レビュー

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2020/07/14

知られざる政治家、森恪の本格評伝。非常に面白く読んだ。森は三井物産社員として中国での事業に携わり、頭角を現すが、中国でのビジネスは外交を伴い、政治・軍事のバックアップなくしてはならないと痛感し、政治家への転身を決意する。本書第三章以下では政治家森の波瀾万丈人生が描かれていく。 ...

知られざる政治家、森恪の本格評伝。非常に面白く読んだ。森は三井物産社員として中国での事業に携わり、頭角を現すが、中国でのビジネスは外交を伴い、政治・軍事のバックアップなくしてはならないと痛感し、政治家への転身を決意する。本書第三章以下では政治家森の波瀾万丈人生が描かれていく。 本格的に自己の中国政策を実現できる舞台に立ったのが、田中義一政友会内閣成立後のことである。森はそこで外務政務次官に就任し、「東方会議」を仕切った。p.170に引用されている鈴木貞一の森に関する談話が興味深い。「鈴木の言葉によれば、森は満州での治安維持出動を繰り返し、外国人権利の保護と日本の地位確立をめざした。ここが、森の出兵論の特徴的な部分」(p.171)であった。 第五章のタイトルは「謀将暗躍」と刺激的だ。つまり浜口民政党内閣打倒のために政友会幹事長として犬養総裁を推戴し、さまざまな工作をおこなっていく森の政党政治家としての真骨頂である。一方、政党政治家として政策立案をしっかりやらないダメだという方針はさすがである。そして、森は浜口・井上の金解禁策を徹底的に批判する。もちろんロンドン海軍軍縮条約を政争の具にしたことは、後世の我々の目からすれば行き過ぎ、やり過ぎの感はするが……。しかし、森の外交政策にはアメリカを念頭においた海軍の増強という札は欠かせないものであったのであろうから、「統帥権干犯」と言いつのるのは逆効果だったとしても、浜口・幣原の外交政策は否定されなくてはならなかった。浜口遭難後の若槻内閣打倒の際の協力内閣運動に森は強く反対し、犬養政友会内閣を成立させた。しかし、犬養首相と内閣書記官長・森との懸隔はすでに内閣成立当初から出始めていた。 第六章は森が構想した政党が軍部と協力しつつ、それをコントロールしていく方向性が失敗し、混迷を深めていく過程である。この辺は著者の近著『五・一五事件』で描かれているところであるが、犬養〜斎藤内閣期の政党、軍部、宮中などのせめぎ合いは興味深い。 森の政策の大きな柱はその対中国政策にある。軍部を統制しつつ列強に伍して日本の国益を確固たるものにするという方針は、しかしながら結果的に旧来の帝国主義外交の枠組みに留まっていた。第一次大戦後に唱えられたウィルソンの新外交(国際連盟やワシントン条約体制)に一時は賛意を示しつつも満州事変後に森の考え方は東洋モンロー主義に変わっていく。 現代の東アジア、世界における中国を考える上で非常に示唆に富む一冊であった。

Posted byブクログ