「文明の衝突」はなぜ起きたのか の商品レビュー
著者の薬師院仁志氏は、社会学理論、現代社会論、教育社会学等を専門とする社会学者。 書名にある「文明の衝突」は、言うまでもなく、米国の政治学者サミュエル・ハンチントンが1996年に著した国際政治学の著作『The Clash of Civilizations and the Rema...
著者の薬師院仁志氏は、社会学理論、現代社会論、教育社会学等を専門とする社会学者。 書名にある「文明の衝突」は、言うまでもなく、米国の政治学者サミュエル・ハンチントンが1996年に著した国際政治学の著作『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order(文明化の衝突と世界秩序の再創造)』において展開した「冷戦が終わった現代世界においては、文明化と文明化との衝突が対立の主要な軸である」という主張を指している。 それに対して、著者は冒頭で、「「文明の衝突」を自明な前提だと見なしている限り、文字どおり衝突しか生まれないのである。もちろん、他社との共存は、何の努力もなしに実現するものではない。現実の世界は、対立と衝突に満ち溢れている。世界史は、闘争と葛藤の繰り返しであった。それでも、改めて考えよう。ある文明と他の文明との間の隔たりは、本当に共存不能なほど大きいのだろうか。人類は、何によって分断されているのだろうか。我々を隔てる壁は、何によって築かれているのだろうか。そうしたことを、敢えて愚直に考えてみたいと思うのである」と、本書を著した狙いを述べている。 そして、ユダヤ教・キリスト教から分かれたイスラム教の歴史、IS(イスラム国)の狙い、近代の欧米列強による中東・北アフリカ支配が残した影響、19世紀後半に広まった国民国家の概念の影響、近現代のアラブ諸国の政治指導者によるイスラム教の政治的な利用の影響、近現代のヨーロッパ(特にフランス)における外国人・移民の捉え方の変化、欧州における外国人・移民のアイデンティティの喪失、グローバル化・欧州統合の進む欧州各国民のアイデンティティの存亡の危機、欧州のアイデンティティである文化的多様性の尊重と少数派からの多文化主義の要求の間の葛藤、イスラム教徒にとってのシャリア(イスラム法)と居住する国の法律、ポピュリズム政党の巧妙な論法による移民排斥の風潮の強まり、過激化の背景にあるインターネットの普及など、幅広い観点から本テーマについての考察を展開している。(ただ、著者が語った内容を出版社が編集する形をとっているせいか、論旨や根拠が不明確な印象を受ける部分も少なくはないのは残念) そして、以下のような結論を示している。 ◆過激な行動に走る人びとが抱えているのは、(歴史的な背景を含めた)現状に対する不満や将来への不安である。 ◆テロの原因はイスラム教にあるわけでも、ヨーロッパ文明にあるわけでもなく、ましてや、文明の衝突が起きているわけでもない。 ◆世界には豊かな国と貧しい国があり、どの国にも豊かな者と貧しい者がおり、多くの(貧しい)者が、そうした現実を公正な競争の結果ではなく、理不尽な運命だと感じている。それが無くならなければ、テロとの闘いは終わらない。テロとの闘いは、究極のところ、格差の闘いであり、不平等の連鎖との闘いである。 現在世界では、テロの防止や自国の利益最優先を掲げた排外主義が吹き荒れているが、そうした現状について考えるヒントを与えてくれる一冊。 (2017年3月了)
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