ジョージ・F・ケナン回顧録(1) の商品レビュー
ケナンは冷戦期のアメリカ外交の基軸となった「封じ込め政策」の立案者であり、かつ批判者である。ソ連との友好と信頼に基づく協議を通じて戦後秩序の形成が可能であるという楽観論を退け、マーシャル・プランに結実する自由主義陣営の結束と経済復興を提案したが、他方で東西ドイツ分断の固定化につな...
ケナンは冷戦期のアメリカ外交の基軸となった「封じ込め政策」の立案者であり、かつ批判者である。ソ連との友好と信頼に基づく協議を通じて戦後秩序の形成が可能であるという楽観論を退け、マーシャル・プランに結実する自由主義陣営の結束と経済復興を提案したが、他方で東西ドイツ分断の固定化につながる軍事ブロックの形成には強く反対した。「X論文」で脚光を浴び一時は外交政策のキーマンとして活躍したが、後に政府の方針と対立して国務省を去った。ケナンの外交論を手っ取り早く理解するには『 アメリカ外交50年 (岩波現代文庫) 』で事足りるが、「封じ込め政策」へのケナンの両義的な立場を統一的に理解するには、大部ではあるがやはり本書を読むべきだろう。 カーやモーゲンソーとともに古典的リアリストとされるケナンの外交論の根底にあるのは勢力均衡であり、国際政治におけるパワーの直視である。注意を要するのは、それが力の均衡である以上互いの死活的利益が尊重されなければならないということだ。朝鮮戦争で国連軍が38度線を越えることに強く反対したのは他ならぬケナンである。彼はソ連が朝鮮半島を放棄できるはずもないことを知っていた。だからその「封じ込め」は「反共十字軍」的発想からは限りなく遠い。ソ連が誠実なパートナーであるという一方的な思い込みも、それが幻想とわかった時の一転して過剰な敵愾心も実はコインの裏表であり、根本にあるのは「法律家的・道徳家的アプローチ」である。これこそケナンが正そうとしたアメリカ外交の悪しき伝統である。 ケナンによれば、彼の意図した「封じ込め」と現実に実行されたそれの違いは、まず前者は政治的なものであり、後者のような軍事的なものではなかった。また前者はアメリカの死活的利益をヨーロッパと日本に限定するが、後者はグローバルに反共の砦を構築しようとした。もっとも政治的/軍事的、限定的/グローバルという二分法の境界はそれほど明確ではない。政治が軍事と不可分であることをケナンが知らぬはずはないし(第Ⅲ巻収録の付録「ソ連と大西洋条約」参照)、勢力圏はそれを防衛するための膨張主義を招きかねず、したがって限定的関与の合理的な範囲も必ずしも不変ではない。 結局どちらに比重を置くかは状況に依存する。ドイツ問題についてケナンは分割論から再統一論へと表面的には立場を大きく転換しているが、そもそもケナンが警戒していたのは、共産主義の浸透によるヨーロッパの内部崩壊であってソ連の軍事的な侵略ではない。したがって西側の復興が第一であり、それが軌道に乗ればソ連と軍事的に対峙し続けることはアメリカにとって過剰な負担であるだけでなく、ソ連の東ドイツ撤退の道を閉ざすことにもなる。こうしたケナンの状況判断が正しかったかどうかは議論が分かれる。非武装化を前提としたドイツ再統一は中欧に巨大な力の空白を現出させ、かえって不安定であるという見方が当時は支配的だった。ただ表面的な政策スタンスの変化にもかかわらず、個別的・具体的な状況から外交を捉える点でケナンの立場は一貫している。
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封じ込め政策を提唱し冷戦下の米国政治に決定的な影響を与えた外交官ケナン。米国外交形成過程を活写した本書はその代表作にして歴史的名著である。
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