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旅芸人のいた風景 の商品レビュー

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2件のお客様レビュー

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2023/02/05

230205011 放浪の芸人たちや香具師、ハレとケ、仕切るものと仕切られるもの、表と裏、さまざまな想いが巡る。

Posted byブクログ

2016/09/18
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

・沖浦和光「旅芸人のいた風景 遍歴・流浪・渡世」(河出文庫)は その書名の如く「旅芸人のいた風景」を描く書である。旅芸人だから遍歴し、流浪しながら渡世するのである。そんな風景の前に、私にはまづ、「幕末に編纂さ れた斎藤月岑の『東都歳事記』は(中略)正月行事をみると、私の子どもの頃とほぼそのままである。」(15頁)といふ一文が気になつた。大晦日の大掃除、 年越しそば、門松、注連縄張り、除夜の鐘、このあたりは今でもある。除夜の鐘「が終わると、待ち構えていたようにみな連れ立って、近くの寺や氏神様に詣でて若水を汲んできた。」(16頁)といふ。正月、初詣の若水汲みである。「二日から三日にかけて、家内安全を予祝する『万歳』『大黒舞』『春駒』などの門 付け芸人がやってきた。」(同前)これらは幕末には当然として、万歳は戦後でも来てゐたのだが、大黒舞や春駒はいつ頃まで来たのだらうか。筆者は1927 年、昭和2年生まれ、子どもの頃は大阪の西国街道筋と大阪南部の紀州街道筋に住んだ。いづれも「歴史に残る由緒ある街道で、遊行民や遊芸民、そして旅に生きる渡世人がよく通る道だった。」(10頁)といふ。筆者は戦前の大阪下町の「旅芸人のいた風景」を、知識ではなく体験として知つてゐる人なのであつた。 本書中でもそんな記憶が述べられたりするが、私にはそれはほとんど夢のやうな物語であつた。それは「東都歳事記」とほとんど変はらない風景であつたらしい。戦前にはまだそれほど旅芸人がゐたのである。 ・そんな中の一つが旅芝居である。本書では播州歌舞伎が採り上げられてゐる。愛知県も芝居が盛んだつた。そこらのお宮にも舞台が残つてゐる。現在も使はれてゐる舞台も多い。そんなところは素人芝居である。ところが、買ひ芝居だつたといふ話もよくきく。地元の人間は舞台に立たずに他所から一座を呼ぶのであ る。それがどんな情景であつたのか。買つた方はさぞ楽しい思ひをしたであらうと想像できる。その具体的な情景がここにある。播州歌舞伎はその買はれていく一座であつた。その昔はいくつもの座があつたらしい。そんな芝居の「昭和初期の情景」(107頁)が出てくる。「地元の興行師が勧進元となって……観覧料をとった。」(同前)とある。これは知らなかつた。どこでもさうなのであらうか。私は買ひ芝居と聞いたら、金をとつて見せるものだとは考へなかつた。単純に村で共同で(おまつりの余興に)芝居を買つて皆で楽しむ、さういふものだと思つてゐた。少なくとも播州ではさうではなかつたらしい。現在の地芝居興行とは違つてゐたらしい。役者もセミプロ、それで生活してゐたからには、芝居を買ふためにはそれなりの金額が必要になる。それを観客に転嫁して商売にすることがあつても不思議ではない。それゆゑにこそかもしれない、「芝居の一行がやってくることが知れ渡ると……村中がなんとなく浮き浮きした。」(108頁)と いふ。その日は一座の村回りもあり、触れ太鼓も聞こえる。娯楽の少ない時代である。めつたにないハレの日である。浮き浮きしてくるのも当然であらう。実はこの気分が本書には色濃く出てくる。第四章は「香具師は縁日の花形だった」(111頁)と題されてゐる。ここで筆者の子供の頃の、縁日の浮き浮きした情景 が語られる。昭和に入ると本来の旅芸人は少なくなるが、「威勢のよい口上で客を寄せている『口上商人』」(116頁)が人気だつたらしい。こんな情景も私は知らない。個人的にはそんな情景ばかりの書であつたらと思ふ。しかしさうではない。より広範な内容の書である。それでこそ旅芸人の実態が知れるといふことであらうが……。

Posted byブクログ