狩りの時代 の商品レビュー
最後の職場で、僕はしばしば彼らのお父さんやお母さんと、狭苦しい面接室で対面した。 その頃の僕には、あの時のお父さんやお母さんの気持ちは全くと言っていいほど分かっていなかった。 この本を読んで、少しだけそれに近づけたような気がする。 主人公絵美子の知的障害を持つ兄耕一郎が、肺炎の...
最後の職場で、僕はしばしば彼らのお父さんやお母さんと、狭苦しい面接室で対面した。 その頃の僕には、あの時のお父さんやお母さんの気持ちは全くと言っていいほど分かっていなかった。 この本を読んで、少しだけそれに近づけたような気がする。 主人公絵美子の知的障害を持つ兄耕一郎が、肺炎のため15歳で亡くなる。 『ところが、棺に入れられた耕一郎を火葬場に運ぶとき、眠気のなかで絵美子は急に気がついた。これでこうちゃんはおとなになれなくなったんだ、そして、わたしはもうこうちゃんのことを考えなくてもよくなった。わたしはわたしで勝手におとなになれるんだ。それは絵美子にとって、まったく予想していなかった、新しい時間だった。』 この文章に遭遇したとき、反射的にもう一つの文章が脳裏に浮かんだ。 『それから三人そろって家を出た。もう何か月もしたことがなかったことだ。そして電車で郊外へ出かけた。車内は彼ら親子だけで、あたたかい陽射しがさしこんでいた。三人はのんびりと座席にもたれ、将来の見通しを話し合った。よく考えると、現状はさほどひどいものでもないのである。』 カフカの「変身」で、グレーゴルが死んだ後の家族の様子を描いた文章だ。 人のこころの悲しい、だが真実の動きだろう。 あの事件以来、僕の中にわだかまっていたものが、ほんの少しだけ腑に落ちたような気がした。 作者には、もっと書きたいことが有り余るほどあったに違いない。 だが、彼女には時間が残されていなかった。 この本は、彼女が僕らに残してくれた遺書だ。
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差別をテーマに人間模様を描いたドラマ。 記憶と事実と夢と、いくつもの物語が折り重なって、絡み合いながら進みます。 テーマの普遍性とプロットはノーベル文学賞的です。著者は亡くなる直前まで、表現をさらに磨きたかったのでしょうか。
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差別はどの時代にもあるというような描写があった。だから差別はあってしょうがないと諦めるのでなく、どうするかを考え続けなければならないのだけれど、簡単にその回答が出るわけでもなく、本当に難しい問題なのだと、この著書から改めて感じる。 タイトルがズシンとくる。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
学生時代にW村上・詠美・ばななで洗礼を受けた世代だが、その後、町田・小川・川上・平野とスルーして、専ら文芸は翻訳モノと決め込んで来た(まあ、笙野頼子は別枠としてw)が。この系があったか〜と鉱脈を掘り当てた気分…ってか、楚々とした倉橋由美子の感あり。 ヒトラーユーゲントのエピソードって、フィクションだったらかなり悪趣味だし、相当なデリカシーを要求されるネタだと思うけど。更に早逝したダウン症の兄に大勢の家族親戚を巻き込んで、仙台・東京・東海岸にパリへと飛び回り、時代も親の幼少期からスポットで時代を交錯させて、見事な一大叙事詩に仕立て上げたもんだ。無難に逃げず、かと言って扇情的な表現に頼ることなく、よく処理したもんだ。
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津島さんの遺作.15才で亡くなった障害者の兄をずっと忘れられない絵美子.子供の頃に囁かれた「フテキカクシャ」という言葉にずっと捕らえられている.大勢の親戚縁者や行ったり来たりする時代や視点,ヒットラーユーゲント,原発,アメリカと様々な差別も含めて,とても雄大な物語となっていて,遺...
津島さんの遺作.15才で亡くなった障害者の兄をずっと忘れられない絵美子.子供の頃に囁かれた「フテキカクシャ」という言葉にずっと捕らえられている.大勢の親戚縁者や行ったり来たりする時代や視点,ヒットラーユーゲント,原発,アメリカと様々な差別も含めて,とても雄大な物語となっていて,遺作となってしまったのが本当に残念だ.
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こどもの頃に耳元で囁かれた言葉。フテキカクシャ、アンラクシ、ジヒシ‥誰が、どうして、そんなことばを言ったのか?こどもながらに「口にしてはいけないことば」の気がするが、確かめられない絵美子は、そのまま差別に対して無知で無自覚な「わたしたち」の姿でもある。 あとがきで、本書が津島佑子...
こどもの頃に耳元で囁かれた言葉。フテキカクシャ、アンラクシ、ジヒシ‥誰が、どうして、そんなことばを言ったのか?こどもながらに「口にしてはいけないことば」の気がするが、確かめられない絵美子は、そのまま差別に対して無知で無自覚な「わたしたち」の姿でもある。 あとがきで、本書が津島佑子さんの遺作だと知る。 娘の香以さんが「なんとかして差別を克服しなくてはならないと思うのだが、自覚すらされない感情をどうしたら乗り越えられるのか?」と問いかけているのは、母娘の間で繰り返されていた会話なのかもしれない。 ヒトラー・ユーゲントのこどもたちが担わされた役割を考えると、熱狂することへの警戒、ひとりひとりの責任の重さを痛感する。
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【逝去直前まで推敲を重ねた津島文学の到達点】顔も知らぬ父、15歳で早世した兄。絵美子と母を気遣う、大勢のおじ・おばたち。大家族の物語はこの国の未来を照射する。遺作長篇。
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