造形思考(下) の商品レビュー
様々なイメージを可視化しようという試みは,現代の心理学の課題と直結すると思う。色彩を理解するのに,ニュートン的な科学の説明だけでは不十分なように。
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パウル・クレーは私の一番好きな画家だ。彼の作品は抽象的なのに具象性も残し、生き生きと動感に溢れ、滋味豊かで、毎日見ても飽きることがない。 このクレーの本『造形思考』については、大学生の頃すでにハードカバー版を書店で見かけ、ひどくそそられたものの、高価だったために躊躇していたらやが...
パウル・クレーは私の一番好きな画家だ。彼の作品は抽象的なのに具象性も残し、生き生きと動感に溢れ、滋味豊かで、毎日見ても飽きることがない。 このクレーの本『造形思考』については、大学生の頃すでにハードカバー版を書店で見かけ、ひどくそそられたものの、高価だったために躊躇していたらやがて店頭から消えてしまった。それがちくま学芸文庫で出ることになったので大変おどろいた。 これはクレーの、ノートやら講義草稿やらを集め死後編集して出版された文集である。 クレーはまず、「線描の自由」から始める。すなわちいきなりモデルに対峙して書き写すのではなく、抽象的な方向で開始されるのだ。 そして、さまざまな線やフォルムの形状、重なりが生命やリズム、ポリフォニーといったイメージに基づいて、画家により考察を深められる。 先日ルーマンの芸術論を読んだとき、それが「芸術作品」を最小単位とした社会内コミュニケーションのことにしか触れていない、とぼやいたのだが、本書こそは、まさに私が望んでいた「生成の過程」そのものを克明にえがきだし、熟考しようという試みである。 クレーの絵画の不思議な流動感・躍動感(つまり「時間性」)が生み出されてくる秘密の一端が、ここに示されている。 とはいえ、これは恐ろしく「独特な」造形思考なのであって、たぶんすべての画学生がこれを忠実に学ぶ必要はないし、そうしたところで意味はないだろう。それは「クレーの作品」を生成するために必要な理論ではあったかもしれないが、絵画において普遍的な理論であったとは思えない。 思うに、あらゆる芸術上の創作セオリーは偶有的なものであり、真実を浮き彫りにした理論などこの世のどこにも存在し得ないのだ。 しかも、本書によって明らかにされた「造形思考」がクレーの絵画のすべてを説明することはできない。本理論に依存するだけでは、クレーの「天使シリーズ」を初めとしたシンボリックな表現や、いつも作品に漂う、味わい深いポエジーを解析することができない。 それでも、クレーの示すこの「思考」はやはり面白いものだ。私は本書から、楽曲創作のヒントを得たような気がした。 そのような本に出会えることはそんなに多くない。
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