日本の犬 人とともに生きる の商品レビュー
なかなかおもしろい作りの本である。 こちらを見つめる犬の写真の表紙。「人とともに生きる」という副題。そして「東京大学出版会」という版元。4人の執筆者。 こうした特徴が、本書のある種、意欲的な、雑多にも感じる構成の源だろう。 人の最古の伴侶動物とも言われる犬は、オオカミと共通の祖...
なかなかおもしろい作りの本である。 こちらを見つめる犬の写真の表紙。「人とともに生きる」という副題。そして「東京大学出版会」という版元。4人の執筆者。 こうした特徴が、本書のある種、意欲的な、雑多にも感じる構成の源だろう。 人の最古の伴侶動物とも言われる犬は、オオカミと共通の祖先を持つという。 オオカミと犬には、共通の特徴も多いが、異なる点も多い。では、犬とオオカミを分けるものは何だったのか? その秘密を探る鍵となるかもしれないのが、日本犬であるという。 日本犬は比較的原始的で、オオカミと共有する特徴を多く持つ犬種なのだ。 「犬」が「犬」となるために、何が必要で、どこが野生のオオカミとは異なるのか。 日本犬を研究することで、その秘密に肉薄することが出来るかもしれない。 本書は大きく、3部構成である。 第一部は犬の行動学、第二部は犬の遺伝学、第三部は日本犬の近現代史。 行動上、オオカミよりも伴侶としてふさわしい犬の特徴には、コミュニケーションスキル(視線で示したものを理解する)、飼い主との絆(ふれあったときのヒト・犬双方のオキシトシン(いわゆる愛情ホルモン)分泌など)、社会的性質(飼い主の指示に従う)などがある。これらには犬種間の違いも大きい。 遺伝的には、ミトコンドリアDNAやマイクロサテライトの解析などから、犬とオオカミとの遺伝学上の近さ、各犬種間の近さがわかる。大まかには、母系遺伝するミトコンドリアから、種の分化といったざっくりとした歴史上の流れを追うことが可能であり、犬種の開発などのもう少し短いスパンの変化に関してはマイクロサテライトの方が適切である。 但し、こうした解析を困難にするのは、イヌ科動物では、例えばオオカミと犬の間など、異なる種間でも交配が可能であることである。進化は一直線でなく、複雑な相関があって解きほぐすのが難しい。 だが、ごくごく大雑把には、柴犬等の日本犬はオオカミに近い分類と見なすことが可能であり、洋犬などの大型使役犬はより飼い慣らされ、オオカミとは少し遠いことが、DNA上でも見て取れるようだ。 DNA解析に関しては、洋犬に比較して、日本犬が解析対象となったのは最近のことであり、日本犬の各犬種に特化した研究はまだ発展する余地が多いようにも見える。 第一部、第二部は、なかなか興味深いが、幾分か取っつきにくい印象はある。DNA解析の話などはかなり専門的である。 犬が好きだが、あまり専門的な話は・・・という方でも、本書を手に取ってみる価値はある。第三部は十分に楽しめるはずだ。 筆者の黒井氏は、「天然記念物柴犬保存会」の副会長で、執筆時89歳。幼少時から犬と慣れ親しみ、自らも何頭も犬を飼った。何と忠犬ハチ公を見かけたこともあるのだという。文字通り、犬の生きた近現代史を目の当たりにした人である。 血肉となった飼育の知恵や、心底犬好きであることを感じさせる観察眼がすばらしい。 昭和一桁頃は、東京都内でも犬はまだ放し飼いにされるものだった。フィラリアやジステンパーで命を落とす幼犬も多かった。犬と人はほどよい距離感で暮らし、犬は人になつき、人はときに犬に学び、助け、助けられして生きてきた。 原始、人が犬と暮らし始めた頃の空気をどこか残しているような、懐かしい温かい空気がある。日本犬はそんな原始を感じさせるロマンのある犬でもある。 現代では、かつての飼育事情とは異なる点も多いが、その精神には学ぶべきところが多いようにも思われる。 「犬学」はまだ新しい学問。そして中でも日本犬に特化した「日本犬学」は新しい分野である。この先の発展を楽しみにしていきたい。 *黒井さんの「日本犬は我慢強いといわれるが実は痛覚が鈍いのではないか」という話はとても同意します。特にうちの姉犬は注射もいやがりません。よい子といえばよい子なのですが、かなり「鈍い」のではないかと思います。 *天然記念物柴犬保存会というのは、いくつかある柴犬の系統のうち、縄文シバと呼ばれる、比較的原始的と考えられる犬の系統です。この犬種を扱ったドキュメンタリー映画もあります(『シバ 縄文犬のゆめ』)。本書の表紙の黒柴は、動物写真家・宮崎学さんの愛犬ホタルで、映画にも登場します。
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