小林秀雄の流儀 の商品レビュー
「あらゆる思想は実生活から生まれる。併し生れて育つた思想が遂に実生活から訣別する時が来なかつたならば、凡そ思想といふものに何の力があるか。」これは「思想と実生活」論争で小林秀雄が正宗白鳥に向けて発した言葉である。白鳥の主張は単純明快で、実生活から遊離した思想など当てにならぬという...
「あらゆる思想は実生活から生まれる。併し生れて育つた思想が遂に実生活から訣別する時が来なかつたならば、凡そ思想といふものに何の力があるか。」これは「思想と実生活」論争で小林秀雄が正宗白鳥に向けて発した言葉である。白鳥の主張は単純明快で、実生活から遊離した思想など当てにならぬという。対する小林の主張は分かりにくい。思想は実生活に基礎を持たねばならぬと言いながら、実生活を否定しないような思想は本当の思想でないというのだ。素直に読めば前段と後段は矛盾しており、論争が小林の敗北に終わったとされるのも分からぬではない。 しかし山本七平は小林のこの言葉にこだわり、本書のタイトルにもなっている最終章「小林秀雄の流儀」で繰り返し引用している。『「空気」の研究』を書いた山本は日本社会に巣食う得体の知れない「空気」を嫌悪し続けた。山本が小林の「流儀」に見出したのも、この「空気」への違和感であり、自然主義作家の描く「実生活」がともすれば「空気」に同化してしまうことへの「思想」による抵抗である。他方で小林は「思想」が往々にして「様々なる意匠」に過ぎないことも知り抜いていた。そこに小林の矛盾と不徹底を指摘するのはやさしい。だが人間とはそもそも矛盾した存在だ。その矛盾をどこまでも引き受けるのでなければ批評に一体何の意味があるか。山本が小林から学んだのはそういうことだ。 古典に沈潜した小林の後半生は「思想」より「実生活」或いは「実感」に傾斜していったようにも見えるし、そうした理解がむしろ一般的であろう。ただ、もし山本の小林理解が正しいとすれば、「思想」について多くを語らなくなった小林も、「思想」と「実生活」との緊張関係、或いは両者のぎりぎりの接点を見据えていたはずだ。丸山眞男は『日本の思想』において、時々の実感を重んじる「実感信仰」と現実との対決なしに既製理論を無限抱擁する「理論信仰」との間で右往左往する日本思想の底の浅さを厳しく批判していた。およそ共通点などなさそうな小林と丸山だが、この点については正反対の方向から同じ問題を捉えていたのではないか。
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【超一流の生活者としての小林秀雄】小林秀雄はなぜこれほど社会に衝撃を与えたのか? 過去を語ることによって未来を創出したからだ。日本最高の批評家の秘密に迫る。
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