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明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか の商品レビュー

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2020/10/01

開国間もない明治初期から戦前にかけて、日本のサーカス芸人(軽業師)が海外で活躍する例がけっこうあった。たとえば、日本に興行しにきたサーカス団に入って海外を巡業し、当初の興行師のもとを離れても海外を回り続けた例といった具合。日本からわりとアクセスしやすい外国としてロシアに渡った芸人...

開国間もない明治初期から戦前にかけて、日本のサーカス芸人(軽業師)が海外で活躍する例がけっこうあった。たとえば、日本に興行しにきたサーカス団に入って海外を巡業し、当初の興行師のもとを離れても海外を回り続けた例といった具合。日本からわりとアクセスしやすい外国としてロシアに渡った芸人たちもけっこういたようで、そうした人たちの足跡・消息を追ったのがこの本。 読み始めてほどなく思ったのが、内向きとされる最近の日本人と明治から戦前にかけての日本人とでは海外に対する感覚がだいぶ違ったようだということ。いとも簡単に海外へ渡ってしまうんだもの。日本で巡業するより待遇がよかったのかもしれないけど、それにしたって見ず知らずの外国に行き、もう二度と日本の土を踏めないかもしれないのに。むしろ、日本に大した未練もなく外国に渡っていったふしさえある。もともとサーカス芸人って渡り歩くわけだから、国がどこかはあまり関係ないのかもしれないけど、軽業師だけにかフットワークの軽さに驚いた。 ずっと読んでいくうちに思ったのが、世のなかにはこういうことを研究したり調べている人がいるんだということ。こういうことっていうのは、サーカスのようなただの一娯楽として見られがちなものを著者は……ロシアに縁が深くサーカスの招聘やマネジメントにかかわってきたからだろうけど、一方でただ仕事としてでなく、興味とある種の縁や使命感のような思いで、サーカスに生きた人たちのことを数十年にわたり追い続けたんじゃないかな。そして、さまざまな偶然や行きつ戻りつの末に、こんな面白い本が書かれたというわけ。年数をかけてさまざまな記録や人にあたりながら、点が線になっていく過程は読んでいて興奮を誘う面白さ。 終盤でいったん著者は、こうしたサーカス芸人の消息を探すのは「終わった」とする。「えっ、そんな終わりがあるものなの?」って思ったけど、著者も思いが変わったようで、あとがきでは「まだ終わっていないぞという思いにとらわれている」とあり、よかったと思った。 粛清ムードの漂っていた第二次世界大戦の頃のロシアでは、日本人サーカス芸人たちも苦渋をなめ、なかにはスパイ容疑で処刑された人もいる。歴史のなかに、広大なロシアのなかに消えていったサーカス芸人はまだまだいるはずで、そうした人たちの存在が掘り起こされる少しはうかばれるような気がする。

Posted byブクログ