なぜ科学が豊かさにつながらないのか? の商品レビュー
■想像する力 では、なぜ人間だけが、このような社会を作り上げたのでしょうか。 ちょっとしたテストをしてみました。紙にチンパンジーの似顔絵を描いておきます。ただし、目、鼻、口はありません。そこに人間の子どもとチンパンジーが自由にお絵描きをすると、チンパンジーは輪郭線をなぞります...
■想像する力 では、なぜ人間だけが、このような社会を作り上げたのでしょうか。 ちょっとしたテストをしてみました。紙にチンパンジーの似顔絵を描いておきます。ただし、目、鼻、口はありません。そこに人間の子どもとチンパンジーが自由にお絵描きをすると、チンパンジーは輪郭線をなぞります。そうする必要はないのですが、とにかく線をなぞるのです。これは似顔絵でなくても、でも口でも同じです。一方、人間の子どもは三歳二カ月を越えたあたりから、空白部分に目や鼻を書き入れます。「あれ、おめめがないよ」とか「お鼻がないよ」と言って。人間は、何もないところにものを描き入れるのです。チンパンジーはこれを決してしません。七人のチンパンジーでテストしましたが、全員が輪郭をなぞるだけでした。 なぜでしょうか。私は、チンパンジーは「今、そこ」に「ある」ものを見ている、と解釈しています。これに対して、人間は今、そこに「ない」ことを考えるのです。そう考えると、先ほど紹介した数字の記憶力が不思議ではなくなります。何しろ、数字はちゃんと目の前にありましたから。ごく短時間でも目の前にあるものを見る力はチンパンジーのほうが優れていて、人間は、「今、そこにないもの」や「何か欠けている」ものを想像する力のほうに優れていると考えられます。 ■利他性という名の想像力 もう一つ、想像力の例を挙げましょう。よく、人間は利己的な心だけでなく他者を思いやる利他性を持っていると言われます。私は、それこそまさに「想像する力」だと思います。 たとえば、困っている子どもに手を差し伸べるという行為を考えましょう。ニホンザルは決してしません。チンパンジーは助け合います。たとえば、危険な道を渡るとき、チンパンジーは「お父さんズ」が協力します。まず、先頭の男性が左を見て、右を見て、安全を確認してから道を渡ります。そして、渡りきったところで待っています。すると、大人の女性や子ども、さらに背中に赤ちゃんを乗せたお母さんが渡っていきます。男性は、仲間が渡っていくのを見守っています。そして最後に男性たちが渡ります。しんがりを務めているのです。 しかし、利他性というと、人間とは大きな違いがあるようです。実験をしてみると、相手が困っていても、進んでは手を差し伸べないことが分かったのです。たとえば、敷居を隔てて二人のチンバンジーがいるとします。一方のチンパンジーAはロープやトンカチ、ステッキやストローなどの道具を持っています。他方のチンパンジーBには道具がありません。BさんはAさんに向かって手を叩きます。「ちょうだい、ちょうだい」と身振りで執拗に要求するのですが、Aさんはなかなか渡しません。そして、しばらくしてからストローを渡しました。 実は、ストローがあると、Bさんは壁の小さな穴を通して向こう側のジュースが飲めるのです。つまり、AさんはBさんが何で困っているのかを知っているのですが、執拗に要求されないと渡しません。野生で生きているときにコラボするのだから、もっと利他性が発揮されるだろうと予想したのですが、実はとても利己的な生き物のようです。しかし、考えてみれば「今、ここ、私」を生きているのだから、当然のこととも言えます。 それに対して、人間は「今」だけではない過去や未来、「ここ」だけではない遠い場所、そして「私」だけではないあなたや彼、彼女のことを考えることができます。その想像する力こそが、教えるという優れた進化をもたらしたのではないでしょうか。 結論をお話ししましょう。人間とは何か。それは、「想像する力」の時間的広がりと空間的広がりがきわめて大きな生き物だということです。チンパンジーには想像力がないというわけではありませんが、その範囲がとても狭いのです。したがって、チンパンジーは遠い過去を思い返したり、自分が死んだ後のことを心配したりはしません。絶望もしません。「今、ここ」にいる「自分」を生きているからです。 しかし、人間は、過去を引きずり、はるか未来を思い描き、さらには地球の裏側で暮らす人々に心を寄せることができます。人間には、想像する力があるからです。だから、悲惨な経験をすると絶望してしまったり、反対に悲惨な現実に直面しても希望を持つことができたりもする。想像する力を働かせて、明るい未来を思い描くことができる。 そして、その想像する力こそが、真似る、学ぶ、教えるという人間を人間たらしめる行為の源 にあって、私は、それが人間の本質なのだと思うようになりました。
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日本において科学技術が市場の豊かさに反映されていない現状について、文系分野の視点からその理由を探った本。 作り手(=科学技術)がリスク管理の観点から「想定外」に置いたものを、今一度「想定内」に置き直すのは文系の仕事と聞いて、霧が晴れた思いだった。今の日本に足りないのは、科学の追...
日本において科学技術が市場の豊かさに反映されていない現状について、文系分野の視点からその理由を探った本。 作り手(=科学技術)がリスク管理の観点から「想定外」に置いたものを、今一度「想定内」に置き直すのは文系の仕事と聞いて、霧が晴れた思いだった。今の日本に足りないのは、科学の追及ではなく、ゴールを見据えて技術をコントロールしていく所(=文系)にあるとの意、同感だ。 チンパンジーとの違いから、「人間とは何か」を示唆した話も興味深かった。 個人的には、それと同じように、「日本人とは何か」の問いから、日本ではなぜ科学が豊かさにつながらないのか? への答えも聞きたかった。
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