名編集者 パーキンズ(上) の商品レビュー
私は絶対に書籍の編集者にはなれないことを、本書を読んで確信 した。だって、とことん作家に付き合わなければいけないのだもの。 その作家がスコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイ、 トマス・ウルフといった、一筋縄ではいかない作家ばかりとなったら、 付き合う方...
私は絶対に書籍の編集者にはなれないことを、本書を読んで確信 した。だって、とことん作家に付き合わなければいけないのだもの。 その作家がスコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイ、 トマス・ウルフといった、一筋縄ではいかない作家ばかりとなったら、 付き合う方の気がふれそうだ。 でも、一癖も二癖もある作家たちを見出し、作品を世に送り出した 編集者がいるからこそ、彼らの名前は今でも文学史に刻まれてい るのだ。 その編集者こそ、マックス・パーキンズ。本書はパーキンズの評伝だ。 「ニューヨークタイムズ」の記者から、保守的で古風な出版社であった スクリブナー社に転職したパーキンズ。宣伝部から始まったキャリア だったが、退職者の席を埋める為に編集部へ移動したのち、それま で若手作家に見向きもなしなかった編集部に風穴を開けた。 フィッツジェラルドだけでも面倒臭いと思うの。確かに20世紀のアメリカ 文学を代表する作家のひとりだけど、酒に溺れるわ、社交界の贅沢な 生活から抜けられないわ、長編を書くと約束しながらなかなか仕上が らないわ、スクリブナー社からの前渡金と言う名目の借金は膨らむ 一方なんだもの。 フィッツジェラルドがパーキンズに紹介したのがヘミングウェイなのだ が、時が経つごとにヘミングウェイはフィッツジェラルドに批判的にな るし、でもヘミングウェイ自身は自分や自分の作品が批判されるのは 嫌いだし。 それに加えて放っておいたらいつまでも書き続けて、作品が膨大な 分量になってしまうトマス・ウルフまで抱えて、パーキンズって凄いな と思ったわ。 そりゃ、この3人に付き合うだけでも時にパーキンズが疲れ切ってしま うのも分かるわ。疲れ切るだけで済んでいるのに頭が下がるわ。 だって、書籍の編集者って作家の原稿を読んで、印刷に回して、校正 するだけではないのだもの。 時には励まし、助言をして、時にはプロットのヒントを与え、作品の流れ を誘導しなきゃいけないんだもの。 フィッツジェラルドは『偉大なギャツビー』発表後に、トマス・ウルフは 『天使よ故郷を見よ』発表後に、それそれ心の問題を抱える時期が 訪れる。 その間にもパーキンズはふたりを支える一方で、女流作家の作品を 世に送り出していた。そうしたら、ヘミングウェイに批判されちゃうし。 「女流作家ばっかり構ってるんじゃないよ」って、嫉妬か。 ああ、本当に面倒臭い人たち。それでも自身が見出した作家たちを パーキンズは見捨てないんだ。上巻はベストセラーを生みだしつつ も、書けなくなる作家たちの間で踏ん張るパーキンズが傷ましかった。 さて、下巻ではこの3人はどうなるんでしょうか。
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「あなたが、われわれのような保守的な連中に見切りをつけるのではないかと……恐れた」 「マックスはさしずめ昔の薬屋の主人といったところだった」「作家の筆が進まないと見てとるや、相手の気持ちを引き立てるような本を処方したのである。それはいつも作家の状態に合わせて念入りに選ばれ、相手の特別な好みや気性にぴったりマッチしているが、その半面、発想を変えさせるだけの刺激を与える本だった」 「マックスは、スコットの贅沢な好みーー度重なる旅行、美々しい邸宅、華美な服装、ヨーロッパやアメリカの退廃的な金持にまじっての放縦な暮らしーーに好悪相半ばする感情を抱いていた。マックスに伝わるエヴァーツ家の血筋は、それに反発したが、パーキンズ家の血筋は、スコットの体験を通じてその官能的な喜びを貪欲に吸収した。北部人のマックスはスコットがひたっている官能の世界に耽溺することができなかった。しかし、フィッツジェラルドをいさめるどころか好意的に接していたことからしても、パーキンズは興味をひかれつつも手を汚さない傍観者という有利な立場からその奔放な暮らしぶりを大いに楽しんでいたように思われる。それは、頑固だが甘いところのある伯父と、わがままで派手好きなお気に入りの甥との関係に似ていた。たとえばマックスは、愛用のステッキをなくしたスコットにかわりを贈ったり、『ギャツビー』を特別に革装本にするといったちょっとした心づかいでスコットを喜ばせるのが好きだった」 ブラウネル語録「水は源より高く流れない」「模造品はつねに劣る」「へまをやるのは他社にまかせておこう」 「いろいろ質問すれば人のことがわかると思っているようだけれど、とんでもない間違いよ。本当のところ、あなたは人間について何もわかっていないんだわ」(セーラ・マーフィがスコットに対して) パーキンズにとって、ヘミングウェイは怖いもの知らずの「やんちゃな弟」みたいなもので、しょっちゅう危険な状況に飛びこんでは、「兄貴」からいつも助言と警告を受けていたのである 「人は誰でも一篇の小説が書ける」
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パーキンズは四十三歳になり、いまやプロとして押しも押されもせぬ編集者だった。仕事のスタイルも決まっていた。結婚当初、マックスはルイーズに言ったものである。自分は「小人になって偉大な将軍の肩に乗り、なすべきこととなすべきでないことを、人に気づかれずにそっと助言したい」と。マックスはさまざまな方法で自分の「将軍たち」に助言した。ときには決めつけるように、「ものを書くときは自分を無にしなければだめだ」と、創作上の助言を求める作家たちに言ったりもした。だが、あまり口をきかず、ほとんど黙りこくっていることもあった。 大学を卒業して以来、パーキンズはずっと言葉を扱う仕事に従事してきた。最初に選んだ職業がジャーナリストだったことから、作家になりたいという気持ちがあったとも考えられるが、彼は出版の仕事にたずさわっているあいだ、小説家になりそこねた人間という印象を人に与えたことはなかった。彼が書きたいという欲求を持っていたにせよ、それは自分のアイディアを作家に提供することで解消され、一方、そういう作家たちは、編集者とちがって、時間もたっぷりあり、一つの仕事に没頭できる性格でもあった。さらに、彼は手紙の中で自分を表現した。編集者としての生涯を通じて、マックスが口述した手紙は数万通にのぼり、しばしば1日二〇通以上にも及んだ。
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