江藤淳の言い分 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
江藤淳が自死した時は話題となったが、その後江藤淳という評論家の事は殆ど活字になることがなかったのが、何か寂しさと共に、一抹の違和感を抱いていた。 ようやく2011年に「江藤淳1960」と「文学と非文学の倫理(吉本隆明と江藤淳の対談集)」が出版されたが、殆ど話題になることもなかった。 「江藤淳の言い分」という一風変わったタイトルが、気になってこの本を手にした次第です。著者は文芸春秋の元役員であり日経新聞の元会長であった斉藤剃禎氏。 著者は、江藤淳が自死した後は、マスコミ、文壇を始めとして殆ど江藤淳なる批評家を無視というより、存在しなかったがの如く扱っていたことに疑問を持ったので本書を著したという。 それは、江藤淳が晩年の仕事で ・自由の国アメリカ(GHQ)が秘密裡に行った巧妙で過酷な事前検閲 ・GHQによる憲法起草問題 ・WarGuilt Information Program(戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画)の存在 を精力的に発表したからという見方をしています。 今では、GHQが現行憲法を一週間で書きあげたという話は、公知の事になっており、また他の件についても、一部の人からは肯定する意見が出されていますが、江藤淳が、 ・「忘れたことと忘れさせられたこと」(1979年) ・「1946年憲法―その閉ざされた空間」(1980年) ・『閉された言語空間占領軍の検閲と戦後日本』(1989年) 等でこれらの事を発表した時期は、それらの事を言うにはあまりにも早すぎた、と言う見方です。 ①実際にGHQの事前検閲で発売禁止の処置を受け、多大な被害を被った新聞社が、そういう事態を避ける為に自主検閲をした新聞社等のマスコミ関係者。 ②GHQから「押し付けられた憲法」と言う発言を禁句とした憲法学者や政治学者、保守系の政治家。 ③「押し付けられた憲法」論は、憲法改正に繋がるとの危惧を抱く革新系。 ④表現の自由を戦後の日本に浸透させるという建前のアメリカ政府 ⑤江藤の論調は必然的に反米思想に行きつくと危惧した人々(上記と重複するかも知れません) ①~⑤に関係していた人々は、歴史学者でも政治学者でもない、文芸評論家の江藤淳が声高にそういう事を望まなかったのは、容易に想像できる。 そして、偶然にも江藤淳の死んだ1999年に、アメリカ人であるジョン・ダワーによる「敗北を抱きしめて(日本訳2001年)原題:Embracing defeat: Japan in the Wake of World War Ⅱ, 1999」が出版され、江藤淳の発表したことが、事実であったと証明されている。(江藤淳はジョン・ダワーの本のことは知らない) この本は恐らく売れることはないと思いますが、現在の文壇の江藤淳の評価に、一石を投じようとする気持ちが伝わってくる本です。
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