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日常に侵入する自己啓発 の商品レビュー

4.3

20件のお客様レビュー

  1. 5つ

    8

  2. 4つ

    5

  3. 3つ

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2023/10/23

サブタイトルにもある、生き方、手帳、片付けの切り口で自己啓発本を論文的に分析していくとても真面目な本。 でも観察し統計処理して考察するというプロセスはどうしても観察された側からしたら「意地悪」に思われるんじゃないか。 時代と視点、自分のこれまで受けた影響などがフラッシュバックする...

サブタイトルにもある、生き方、手帳、片付けの切り口で自己啓発本を論文的に分析していくとても真面目な本。 でも観察し統計処理して考察するというプロセスはどうしても観察された側からしたら「意地悪」に思われるんじゃないか。 時代と視点、自分のこれまで受けた影響などがフラッシュバックする興味深い本でした。

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2023/06/08

「自己啓発本を読む人はどのような影響を受けているのか」俯瞰的に分析する視点が面白いなと思った。 読者の自分も自己啓発本を読む人を俯瞰的に理解しようとして読み始めた。第五章「掃除」の自己啓発内容を割と信じていることを自覚した。掃除与える影響は本当かもしれないが、それを信じ切っていた...

「自己啓発本を読む人はどのような影響を受けているのか」俯瞰的に分析する視点が面白いなと思った。 読者の自分も自己啓発本を読む人を俯瞰的に理解しようとして読み始めた。第五章「掃除」の自己啓発内容を割と信じていることを自覚した。掃除与える影響は本当かもしれないが、それを信じ切っていた過去から考え方が更新された。

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2023/02/10

私は自己啓発本が嫌いである 嫌いなのに心が弱ってる時ほど触りたくなる そんなジレンマを取っ払いたくてこの本に出会った。2015年の書 自己啓発は緊急処方箋。自分の言葉で言い換えるとエナジードリンクだと思って卑下していたが、 本書を読み進めるうちに悲しい考えが頭をよぎる。 一般...

私は自己啓発本が嫌いである 嫌いなのに心が弱ってる時ほど触りたくなる そんなジレンマを取っ払いたくてこの本に出会った。2015年の書 自己啓発は緊急処方箋。自分の言葉で言い換えるとエナジードリンクだと思って卑下していたが、 本書を読み進めるうちに悲しい考えが頭をよぎる。 一般書、専門書、手に取るどんな本も、自分は自己啓発で吸収したい成分(心の安寧や能力向上)を求めて読んでいないだろうかということ 悪いことではないんだけれど、、、気持ちの整理がつかない。 本書は社会学的な本なので、内容は硬いですが、読みながらザワザワさせられている

Posted byブクログ

2022/05/18

すごくわくわくして手にとったけれど期待ほどではなかった。自己啓発本やそれを読むという行為になにか画期的な視点がもたらされたり、それらの分析を通して現代社会のあたらしい有りさまが見えてきたり、というよりは、一般的に抱かれる現代社会(の理念の変遷)のイメージに対して自己啓発本の分析と...

すごくわくわくして手にとったけれど期待ほどではなかった。自己啓発本やそれを読むという行為になにか画期的な視点がもたらされたり、それらの分析を通して現代社会のあたらしい有りさまが見えてきたり、というよりは、一般的に抱かれる現代社会(の理念の変遷)のイメージに対して自己啓発本の分析という観点から答え合わせをする感覚。プルデューの引用はたしかに議論の整理には役立っているけれど、それ以上の意義を感じなかった。いわゆる体育会と自己啓発本の相性がいい、ということを統計的に示すくだりは笑える。

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2021/06/14

 自分は自己啓発本を読めないタイプだろうと思われるので実際に全然読まないのに、毎日行く書店で今どのような自己啓発書が流行っているのかを見るのは好きである。  自己啓発本が時代の流れと共にいかに流行したかという話と、その中でも特に人気の「生き方」、「手帳術」、「片付け」という三ジ...

 自分は自己啓発本を読めないタイプだろうと思われるので実際に全然読まないのに、毎日行く書店で今どのような自己啓発書が流行っているのかを見るのは好きである。  自己啓発本が時代の流れと共にいかに流行したかという話と、その中でも特に人気の「生き方」、「手帳術」、「片付け」という三ジャンルに絞ってその変遷を見ていく本。  そもそも自己啓発本とは何かという問いに対してある編集者が「二度考えないメディア」と答えている。最大公約数的な価値観を前提として展開される内容でなければ多くの人々を魅了することができないし、そもそもその前提の価値観を疑うような内容ではいけない。そのうえで、啓発書が導く「成功」は例えば個人が持っている経済資本や文化資本などといった社会的背景とは関係なく、感情的ハビトゥスの意識的習得というたった一つの問題へと集中する、その単純化が必要である。この時点で、なぜ自分が自己啓発書に向いていないかがよく分かる。すぐにそもそもの前提を疑う性格だからだ。 ・もともと人々の心の中にあった自己啓発書の争点(仕事ができる、時間を管理できる、自分らしく生きるなど)は保持されたまま1990年代半ばになり情勢が不安定になるとさらに人々はその争点へと向かい、かつその辺りの時期からそれ以前は自己啓発の文脈で語られなかった人物やジャンルとも接合することによりさらに拡張する。 ・またそうした自己啓発書が文字数やページ数の減少、要約化、図解化、漫画化などにより可読性が高まることで自己啓発書に踏み入る敷居を下げ、さらに読者層が拡大し、今日に至る。 ・そして今ではそうした自己啓発により最終的な成果は分からなくとも、そうして自己啓発書を読む行為そのものが、またそれを周囲にアピールすること自体が、アイデンティティ・ゲームの一手になりつつある。  冒頭で今どういう自己啓発本が流行っているのかを見るのが好きということを書いたが、やはり自己啓発本は社会の「今」を映し出す鏡なのだな。

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2021/01/24

自己啓発本が好きな人にとっても、「胡散臭い」と思う人にとっても、思い当たるところがある本で面白かった。というわけで久々にブログに感想を書きました。 http://bullcat.cocolog-nifty.com/mitakau_r/2021/01/post-48b7c0.htm...

自己啓発本が好きな人にとっても、「胡散臭い」と思う人にとっても、思い当たるところがある本で面白かった。というわけで久々にブログに感想を書きました。 http://bullcat.cocolog-nifty.com/mitakau_r/2021/01/post-48b7c0.html

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2020/11/12

自己啓発っていう言葉が、なんかよくわからんのやけど、自己啓発本は他者なので。 他者啓発本あるいは単に啓発本とは言わないのは、その内容と関係なく読むひとそれぞれがやっぱ大事やな、と啓発されるからか。 やっぱり大事やな、確かに、と分析される啓発本のワンフレーズを読んで思ってしまう...

自己啓発っていう言葉が、なんかよくわからんのやけど、自己啓発本は他者なので。 他者啓発本あるいは単に啓発本とは言わないのは、その内容と関係なく読むひとそれぞれがやっぱ大事やな、と啓発されるからか。 やっぱり大事やな、確かに、と分析される啓発本のワンフレーズを読んで思ってしまう。 ワンフレーズで全てわかってしまうようなベタさと、そういう共同的でジャンクな価値観の上塗りこそ読ませるのか。逆を辿って自分の好きなものがよくわかった。

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2020/01/17

『自己啓発本は終わりなき焚きつけのメディア』  自己啓発本そのものの分析ではなく、自己啓発本がどんな機能をしどんな風に読まれているかという、社会における自己啓発本のあり方を研究した本。  男性向けと女性向けで内容が異なり、男性向けでは仕事における卓越、女性向けでは自分らしさの獲...

『自己啓発本は終わりなき焚きつけのメディア』  自己啓発本そのものの分析ではなく、自己啓発本がどんな機能をしどんな風に読まれているかという、社会における自己啓発本のあり方を研究した本。  男性向けと女性向けで内容が異なり、男性向けでは仕事における卓越、女性向けでは自分らしさの獲得が獲得すべき価値として書かれている。 しかし、発行の年代によって大きく変わっている部分もあり、景気がいい時はがむしゃらにはたらき組織にどっぷりつかることが、不景気の時は、会社にしがみつくのではなく、自分でキャリアを気づけと内容が大きく変わっている。たまらなくご都合主義な本である。  読者層は、大卒正規雇用のホワイトカラーが多いらしい。つまりは、生きるために精一杯層は読まず、いい感じに不自由なく生きてるけど、手に職があるわけでもなくふんわりした仕事をしていて漠然とした不安を感じている人、そんな人たちの心の隙間にうまく刺さったのが自己啓発本だといえる。 そんな人は可処分所得が多いため、自己啓発本を頻繁に消費する。 なので、ふと立ち止まったら自己啓発本を買い、全てを鵜呑みにはせず、取捨選択して自分の肌にあったものだけ取り入れるという接し方をしている人が多い。 さながら栄養ドリンクのようだ。  自己啓発本は、片付け術、手帳術、年代別自己啓発と細分化しながら、いろいろな生活をその射程に入れている。最近なら筋トレだろうか。  それら自己啓発本の基本的意図は、全てを自分のコントロール可能なものへとし、主体性を獲得するということ。フロイト的にすると、超自我から距離をおき、エスを自我に置き換える活動である。 自分の人生を操作可能なものにしたいという根源的な願望がある。  人生の舵を握ったからといって幸福になるわけではないのだが、自由意志による自己決定が文明の進展なので、オカルトやスピリチュアルにかまけるよりはよっぽどマシなのかもしれない。

Posted byブクログ

2020/01/04
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

 読者は、「目新しいことは多分、一つもないんですけど」と、内容の重複を自覚しつつ、そのことを逆に「やっぱり大事なことは同じだな、本質は一緒だな」、「『やっぱりそうだ、やっぱりそうだ』っていうのを確認」しながらそうした重複を眺め、自らの『今ここ』を確かめているのである。だからこそ、「『ああ、もうこんなの知ってる』とか、そういうふうには思わない」のだ(Oさん)。(p.42)  イルーズは、次女ぼんをその一部に含むセラピー言説は「新しい文化的母型 cultural matrix」を提供するものだと述べていた。この言及を導きとするならば、自己啓発書とは、読者の選択・解釈を伴った自由度の高い応急処置の「パッチ」を今日提供することのできる希有な文化的母型であり、またその流通によってある種の感情的ハビトゥス(イルーズ)や「自意識を志向づける日常的な参照点」(リクターマン)をその都度再形成することを支援する文化的母型なのだと改めて定位できるだろう。(p.45) 「年代本」を含む、人生のある局面にターゲットを絞った自己啓発書群の浮上を俯瞰するなら、それはまず各出版社による読者開拓の戦略だといえるが、それだけでなく、人生の各局面を細分化して切り出し、その局面ごとに調整を図るべしとする、分節化されたライフコース観の浮上あるいは強化を示しているといえないだろうか。(p.104)  興味深いのは、男性向け「年代本」の基本的志向が、正社員として組織内での卓越を目指す「ヘゲモニックな男性性」への積極的埋没へと向いているのに対し、女性向け「年代本」では、妻として、母としてといった、従来的な女性のライコースからの積極的離脱へと向いている点である。(p.120)  天野(1992)は、日記から手帳への移行に伴って、「ふりかえる」から「予定する」へと人々の生活の重心が移行するだけでなく、仮に自らを振り返るにしても、内面的な世界を映し出すのではなく、行動の記録や業績の記録を綴るというように「ふりかえりの『質』」が変化するのではないかとも指摘していた。(p.170)  山田洋子は、現代を「人格崇拝」が高度に進展した「心」を崇拝する時代だと指摘し、その一事例として自己啓発書への注目の高まりに言及していた。(中略)より日常的に、まさに日々を営む私的空間において、選ばれたモノによってアイデンティティを日々確認し、モノの配置を整序して空間の透明性を高め、好ましいモノで部屋を充たし、ときには浄化の儀式を行い、祭壇を設けて自らを癒し浄めるといった、「心」の聖化に志向した日常的儀礼の浮上であった。「心」は今日、まさに私秘的に崇め奉られる対象になっていると考えられるのである。(pp.266-267)

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2019/12/19

自己啓発本を書いている著者は、 自己啓発本を、よく読む人なのだろうか。 ふとそんな疑問が浮かんでしまう。 所謂、ビジネス書と呼ばれる書店のコーナを見ると、結構面白いことがわかる。著者は、ざっくばらんにいるが、著者の職業は、経営者や大学教授、社会的地位の高い職業、例えば医師や弁護...

自己啓発本を書いている著者は、 自己啓発本を、よく読む人なのだろうか。 ふとそんな疑問が浮かんでしまう。 所謂、ビジネス書と呼ばれる書店のコーナを見ると、結構面白いことがわかる。著者は、ざっくばらんにいるが、著者の職業は、経営者や大学教授、社会的地位の高い職業、例えば医師や弁護士が書いた本が多数ある。そして所謂、彼らは、難関大学を卒業している。しっかりと調査していないが、150冊をピックアップしたら、9割以上の著者が難関大学を卒業していた。 当たり前じゃないかと思うかもしれないが、 小説コーナの著者を分析すると、それほど難関大学出身者は、多くない。 ビジネス書の分野が際立って学歴の高い著者が占めている。新書と呼ばれる、あるまとまった知識を手軽に得られる書籍群も、これまたビジネス書と似たような結果になったのは興味深い。新書から、ビジネス書、自己啓発に繋がる道があるみたいである。 出版社別に見ると、それこそ大手出版社が7割以上を独占していた。非常にバランスが悪いと思う。 ビジネス書や自己啓発書は、サラリーマンの教養書となっている感じがする。ビジネス書や自己啓発書というのは、参考文献がほとんど紹介されていない。著者の経験や思いを、あるまとまった文章として表現されているが、主張の根拠が、思いや経験、後はどこで引っ張ってきたかかわらない論文の引用、一応エビデンスがあるというが。。。 学生時代に、ほとんど本なんて読んだことがない学生は、もの凄く多い。そのままスライドして会社員となるが、仕事で求められるスキルや知識は、大学で学ぶような知識とあまり関係ないことになっているので、少なくない人が途方に暮れる。自分の学び方を知っている人間は、わからないこと、知らないこと、出来ないことを素直に認め、できるように努力するが、そうではない人間は、わかっているふり、できるふり、知っているふりをする。 そんな時、ビジネス書や自己啓発に救いを求めるのではないだろうか。つまり、自分がどういう学び方をするかを考えてこなかった者が、学ばないと、やばいと思い、安易に手をとるのが、ビジネスや自己啓発本ということじゃないだろうか。ただ、自己啓発やビジネス書で得られる知識というのは、かなり奇形なもので、そんなモノを沢山、沢山知っても、何も意味のないような気がするが。ただ、その時の不安を解消するには、手軽で良いんじゃないかと思う。これは、非常に大事な事で、ビジネスと成り立っている存在意義がある。 学び方を知るには、何か問題意識を持ち、問題提起を具体的に行い、その問題がどういう性質なものなのかを各種分析方法やら、理論、概念等を勉強して、把握していくと思うが、こういった作業は、非常に時間がかかるし、また楽しい!と思うより、悩んだり、よくわからない状況に途方にくれたりすることが多い。大学のゼミナールに参加したことがある方ならわかるが、何か1つの文献をテキストに、そこから沢山のことを学ぼうとするのも、難しいが、それを一人で行うのは、もっと難しい。ただし、強烈な問題意識があれば、不思議と可能となる。 ビジネス書や自己啓発から学ぶようにすると、専門書や論文等を参考にして自分の問題提起への見解を考えていくことに比べて、面倒なことをしなくて済む。なぜなら、何がわからないのか、わかるように努力する過程を省いて、「あなたが、わからないことってこうでしょ」とか、「あなたが、不安になっていることってこうでしょ」とか、「あなたが問題にしていることってこうでしょ」と、わざわざ提示してくれるからだ。結果、何がわからないか、何を問題として考えなくちゃいけないかという、学習する上で最も大切な問いを自分に問うことなく、学習が進むことになる。 書籍業界自体が、この20年で半分近く落ちた。 自己啓発書やビジネス書は、どうだろうか? 半分規模になっているだろうか?私の推測だと、 たぶん現状維持だと思う。それだけ、必要とされているわけだから、やはり自己啓発書やビジネス書が存在する意味は、十分にあると思う。

Posted byブクログ