堀辰雄/福永武彦/中村真一郎 の商品レビュー
230913*読了 この時代の作家さんにも全然詳しくないなぁ。 この3名の名前を見ても代表作も何も想起しなかった。 堀辰雄さんの収録作は「蜻蛉日記」をアレンジしたもの二作。 ただ訳すわけじゃなくて、堀さんなりの表現が入ってるというのは、なかなか気づけないのだけれど。 福永武彦...
230913*読了 この時代の作家さんにも全然詳しくないなぁ。 この3名の名前を見ても代表作も何も想起しなかった。 堀辰雄さんの収録作は「蜻蛉日記」をアレンジしたもの二作。 ただ訳すわけじゃなくて、堀さんなりの表現が入ってるというのは、なかなか気づけないのだけれど。 福永武彦さんが池澤夏樹さんのお父さんとは知らなんだ。それも解説にひっそりと書いてあって、驚いた。文学者の子は文学者になるのだなぁ。これぞ血、遺伝。ただ、生前そこまで交流はなかったそう。池澤さんが幼い時に離婚をされている。 福永武彦さんの小説は妙に怖くて、惹きつけられる。 信仰深く病気に臥せっていて世を知らない女性と、世を捨てて己の欲望のままに生きる男性の話。 この世が終わる、ドッペルゲンガー、そんな妄信の中に生きる妻の話。 それが本当に思い込みだったのかは分からぬまま知り絶える姉とその夫、そして妹との交流を通したある町の話。 どれも救いがなくて、絶望を感じる。そこが魅力的なのだよなぁ。 中村真一郎さんの収録作は実話なのだと思っていたのだけれど違うのかしら。 緩急の付け方が巧みすぎて、本当にすごい。 前半は論文のように元政上人について語られているのに、急にとある闇を抱えた女優と京都行きが決まり、そこからの激しさったら。 父親を憎む女優との心の交流。京都滞在中の様子はまるで映画を観ているよう。 そして突然の悲劇。そこからまた、緩やかに物語は終焉へ。 今、2023年の60〜80年ほど前はこんな小説が生み出されていた。 そう思うと人間の脳って進化してるの?退化してるの? こんな小説をたくさんの人が読む世の中は高尚な気がしてしまう。
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堀辰雄の「かげろうの日記」と「ほととぎす」。 ここにはヨーロッパ仕込みの見事な「平安文学の心理小説化」がある。前回配本の森鴎外からもう一歩進んでいる? 平安貴族の生活が生き生きと描写されて、物忌みや、待っていることしか出来ない貴族女性の立場、子供のような道綱(藤原道綱)の振る舞...
堀辰雄の「かげろうの日記」と「ほととぎす」。 ここにはヨーロッパ仕込みの見事な「平安文学の心理小説化」がある。前回配本の森鴎外からもう一歩進んでいる? 平安貴族の生活が生き生きと描写されて、物忌みや、待っていることしか出来ない貴族女性の立場、子供のような道綱(藤原道綱)の振る舞い、揺れ動きながらたまに男を手玉にとる道綱母の行動など、なかなか興味深い。 道綱も成人したころに、夫は他の女に産ませた「撫子」という少女を連れてくる。次第に情が移ってきちんと育て始めたころに、頭の君が撫子を求めてひつこいぐらいに道綱に連絡する。「まだほんの子供ですから」と「いや一目だけでも」何度も何度も同じやりとりをする中で、道綱母の中に女が目覚める。原典にこんな場面があるんだろうか? そんな気持ちを知ってか知らずか、あれほど通いつめていた頭の君が来なくなり、ついには他の妻を盗んでどこぞへこっそりと姿をくらましたという噂を聞く。「これは自分のせいだ」道綱母は確信する。ーーこの辺りは原典を確かめるまでもない、完全に堀辰雄の創作だ。1939年(昭和14年)の発表。中村真一郎、福永武彦、そして加藤周一ら東大の若き知性が、堀辰雄を慕って軽井沢を尋ねるのはこの後のことである。 福永武彦の「深淵」。 信仰篤い処女の35歳女性と、放火殺人犯との出逢いと2人が堕ちてゆく様を描く。1956年刊行。この同じ年に「古事記」の現代語訳も出している。そのせいか、端正でおとなしい文章というイメージとは違う、荒々しい描写が続く。 ずっと、聖女のように周りから見られ本人もそう努力してきた女性の「隠れた欲望」が露わになるのは堀辰雄「ほととぎす」と同じ。現代小説なので、非常に精微に描かれる。 「雲のゆき来」中村真一郎 江戸時代の漢詩人元政上人の生涯と作品を辿りながら、若い国際女優の楊(ヤン)とその父を巡る旅をすることになった「私」の小説である。 「私」は、なぜ藤原惺窩や林羅山や伊藤仁斎や石川丈山ではなく、ほぼ無名に近い元政上人に心惹かれたのか。当代の「世界」である中国を日本人でありながら、自らのものにし、「異なる伝統の調和を実現」し「美しい精神の舞踏」を舞った知識人として、自分を見たということが一つ。もう一つは中村自身の最初の妻との「私的体験」の合わせ鏡があったのではと池澤夏樹は推測している。 私はこの作品に、もう一つの「合わせ鏡」を見た。「うまく作られた小説家」である中村真一郎と、「うまく作られた評論家」である加藤周一という合わせ鏡。不幸を描く小説家、展望を語る評論家。しかし、世界を観るレンズは、この小説を読んで思うが、同じ精度を持っていた。加藤周一が当初目指した小説は、このような内容だったのではないか?しかし、加藤は遂にこんなに「うまく」は小説を書けなかった。
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高校時代に、図書同好会というサークルに入っていたが、1級上の先輩が福永武彦を愛読していた。当時は特に惹かれるものはなかったのだが、今読んでみると、意識の流れの描写が洗練されていて上手いと思う。 堀辰雄のかげろうの日記も楽しく読んだ。中村真一郎もそうだが、昔の作家はきちんと古典に学...
高校時代に、図書同好会というサークルに入っていたが、1級上の先輩が福永武彦を愛読していた。当時は特に惹かれるものはなかったのだが、今読んでみると、意識の流れの描写が洗練されていて上手いと思う。 堀辰雄のかげろうの日記も楽しく読んだ。中村真一郎もそうだが、昔の作家はきちんと古典に学び、吸収していたのだなと感心する。
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長編というか、いろいろなタイトルがおさまっていて 500P弱を読み終わりました。 堀辰雄氏・福永武彦氏(池澤夏樹氏の父)・中村真一郎氏 3人の作品。 堀辰雄氏の「かげろうの日記」「ほととぎす」は いまいちわかりませんでした。 福永武彦氏の「深淵」「世界の終り」「廃市」は 3作品と...
長編というか、いろいろなタイトルがおさまっていて 500P弱を読み終わりました。 堀辰雄氏・福永武彦氏(池澤夏樹氏の父)・中村真一郎氏 3人の作品。 堀辰雄氏の「かげろうの日記」「ほととぎす」は いまいちわかりませんでした。 福永武彦氏の「深淵」「世界の終り」「廃市」は 3作品ともとてもよかったと思います。 狂気・退廃・情念などがにじみ出ていたと思います。 中村真一郎氏の「雲のゆき来」は漢文や漢詩 古文詩などが多くあって、読みづらい部分が多く ありましたが、それを差し引いてもとてもよかった と思いました。 やっぱり自分の知らない作品それも古典的な作品 に出逢える機会は大切だと思います。 この全集の企画はそういういみではとても期待しています。
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西欧文学を学び、日本の古典に赴いた知の作家たち。豊かな言葉をもって、巧みな手法と仕掛けで物語を紡ぐ。堀辰雄「かげろうの日記」、福永武彦「深淵」、中村真一郎「雲のゆき来」他。
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第4回配本、第17巻『堀辰雄/福永武彦/中村真一郎』2015年3月12日発売開始! 西欧文学を学び、日本の古典に赴いた知の作家たち。豊かな言葉をもって、巧みな手法と仕掛けで物語を紡ぐ。 その果ての達成はしなやかな文体と哀れ深い内容となった。 ー池澤夏樹 池澤夏樹による、なぜこ...
第4回配本、第17巻『堀辰雄/福永武彦/中村真一郎』2015年3月12日発売開始! 西欧文学を学び、日本の古典に赴いた知の作家たち。豊かな言葉をもって、巧みな手法と仕掛けで物語を紡ぐ。 その果ての達成はしなやかな文体と哀れ深い内容となった。 ー池澤夏樹 池澤夏樹による、なぜこの作家たちを1冊にしたか、そしてなぜこの作品を選んだのか、が丁寧に語られています。ぜひご確認ください。 そうして選ばれた収録作は 堀辰雄「かげろうの日記」「ほととぎす」 福永武彦「深淵」「世界の終り」「廃市」 中村真一郎「雲のゆき来」 今回の月報は堀江敏幸と島本理生です。
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