クリミア戦争(下) の商品レビュー
19世紀の「世界大戦」の全貌を初めてまとめた戦史。欧州事情から、各国の政治・経済・民族問題、ナイチンゲールの活躍、酸鼻を極めた戦闘まで、精彩に描く決定版。解説=土屋好古
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歴史の教科書においてクリミア戦争の扱いは大きくない。例えば山川世界史では、東方問題(オスマントルコ弱体化による周辺地域の混乱)を踏まえた上でこう記述される。 クリミア戦争は、ロシアがオスマン帝国領内のギリシャ正教徒の保護を理由にオスマン帝国に侵入した1853年にはじまったが、イ...
歴史の教科書においてクリミア戦争の扱いは大きくない。例えば山川世界史では、東方問題(オスマントルコ弱体化による周辺地域の混乱)を踏まえた上でこう記述される。 クリミア戦争は、ロシアがオスマン帝国領内のギリシャ正教徒の保護を理由にオスマン帝国に侵入した1853年にはじまったが、イギリス・フランスがロシアとの戦いに加わったことで、ヨーロッパの有力国どうしの戦争となった。クリミア半島の要塞をめぐる激しい攻防のすえロシアは破れ、1856年のパリ条約ではダーダルネス・ボスポラス海峡の外国艦の通航が禁じられ、黒海の中立化が約束されて、ロシアの南下政策はまたも失敗した。これによって、ロシアとイギリスが支えてきたヨーロッパの国際秩序は大きく動揺し、以後70年代初頭まで戦争が頻発し、各国に大きな影響を及ぼした。 WW1、WW2の記述との差は歴然である。戦場となった国々でさえ具体的に知るものは多くないという。 しかし、75万人もの人が命を落とした、また民間人を広く巻き込む史上初の「全面戦争」であった。ライフルや鉄道など最新の工業技術が駆使され、メディアによって世論に影響を与える等、近代的な戦争でもあった。一方で、死者埋葬のための休戦が頻繁に行われるなど、古い騎士道戦争に則って戦われた最後の戦争であった。さらには、ソ連・プーチンロシアにいたるまで英雄的戦争として広くロシア国民の記憶に刻まれた。(そしてクリミア併合に繋がる。) 本著は、以上のような観点からクリミア戦争を「歴史の分水嶺」として重視し、単なる戦史に留まらず、戦前の世界情勢から戦後の混乱、現在への影響まで、上・下の二巻730ページにも亘って記述するものである。また従来軽視された(山川の記述でも明らかであるが)宗教的動機を重視し、従来から語られたイギリス側からの視点だけではなく、露仏トルコの視点からも多く描いた。同時代史として広く深く掘り下げられていることも感服するばかりである。
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