シューマン 愛と苦悩の生涯 復刻版 の商品レビュー
天才は波瀾万丈の生涯を送らなければならないという先入見がある。 大作曲家もしかり。バッハやハイドンのように淡々と高水準の作品をつくり続け、さしたる破綻もなく人生を全うするというのは受け入れがたい。 さすがにロマン派の作曲家は傑物が多く、女優への実らぬ恋を交響曲にしてしまい...
天才は波瀾万丈の生涯を送らなければならないという先入見がある。 大作曲家もしかり。バッハやハイドンのように淡々と高水準の作品をつくり続け、さしたる破綻もなく人生を全うするというのは受け入れがたい。 さすがにロマン派の作曲家は傑物が多く、女優への実らぬ恋を交響曲にしてしまい、結局、その女優と不幸な結婚をするベルリオーズ、革命で敗走したのち、王様に取り入って自分の劇場を作ってしまったヴァーグナー、進行麻痺による耳鳴りを曲に書き込んだスメタナ……など、そんじょそこらの凡人には考えられない人生を送っている。もっともそういうのは一部であって、多くは平穏な一生を送ったのだろうが。 シューマンの場合もいくつかキモがある。最大のキモは、ライン川に投身し、精神病院で人生を終わったという悲劇的な末路なのだが、その前の人生にも波乱と万丈がある。法律家になることを望まれたのに音楽家になってしまったなどというのは、職業選択の自由のある近代ならではだし、クラーラ・ヴィークとの結婚をクラーラの父親に阻まれて、結局、裁判で勝訴するなんていうのも市民社会なればこそだ。また、音楽家は身分の低い使用人だった貴族社会とは違って、評論活動を通して、天才とは何かという、今日も通用するイメージを作り上げたのもシューマンだといっていいだろう。 本書はそんなシューマンの伝記の中でもクラーラとの関係にかなり重点を置いたもので、それゆえに「愛と苦悩の生涯」などという昼ドラみたいな副題になっている。ちょっとその題名で敬遠していたのだが、1971年刊が何度か再刊されているのは、面白く書けているからである。シューマンの人生を追いつつ、主要作品の解説もところどころ差し挟まれている。 本書の中間部がクラーラとの恋愛から結婚までに当てられ、ここでは二人の往復書簡が大々的に引用されている。確かに「愛と苦悩」なのだろうが、変な脚色はない。著者は物故者で、本書執筆当時は東京文化会館の音楽資料室に勤め、その後は都の教育庁に勤務していた様子。 手軽に手に入るようにどこかの文庫で再刊してもいいのではないだろうか。
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