英国に就て の商品レビュー
吉田健一氏は日本では最後と言えるかも知れない古き良き時代の香り漂う文士である。「文化などということが念頭にないのが、英国の文化に一貫した一つの性格だ」とは大見得を切ったものだが、氏の見た実用主義という英国文化の特質は、実は取り立てて新鮮でもない昔からある観察だ。その実用主義が、人...
吉田健一氏は日本では最後と言えるかも知れない古き良き時代の香り漂う文士である。「文化などということが念頭にないのが、英国の文化に一貫した一つの性格だ」とは大見得を切ったものだが、氏の見た実用主義という英国文化の特質は、実は取り立てて新鮮でもない昔からある観察だ。その実用主義が、人間はいずれ死すべき存在であるがゆえに束の間の現世をとことん味わい尽くすべしという、英国人の生き方に根ざすものだというのは確かにその通りかも知れないが、ではその現世志向がどこから来るのかということに氏の関心は向かわない。ウェーバー風の宗教社会学を奉じる講壇知識人なら物足りなさを感じるだろうが、社会科学的あるいは歴史学的な分析なんぞは学者に委ねておけばよろしいという、ある種の開き直りともとれるし、逆に言えば、己が眼で見たものしか信用せぬという文士の自負が垣間見えて爽快である。英国の近代化を推進したのはピュリタニズムかジェントルマンかなどという詮議も、畢竟観念の遊戯に過ぎぬと高を括っているかのようでもある。ジェントルマンなるものに氏が見たものは、旧貴族に対する新興階級の劣等感と裏腹の空威張りでしかない。本書の白眉はやはり文士としての力量を遺憾なく発揮した「英国の四季」であろう。移ろいゆく自然への研ぎ澄まされた感受性は、英国文学をその風土の中において深く理解した氏ならではの冴えがある。四季を味わうことに天賦の才を有する今ひとつの国民、日本人であればこそ、英国人以上に英国の四季を味わい尽くすことができたという気がしないでもない。英国文化の基調をなす実用主義というものも、ありふれた日常の生を美しく生きることと解すれば、多くの差異を孕みながらも、そこに日本文化との共通点を見出すことも可能ではないだろうか。
Posted by
- 1