西洋政治思想史講義 の商品レビュー
評者は小野紀明氏の師匠にあたる勝田吉太郎氏を通じて政治思想史の面白さを知った世代である。従って小野氏の講義を実際に聞けなかったのは残念であるが、その著書を通じて氏の業績にはずっと敬意を抱いていた。近世以降についての小野氏の見解は概ね既刊の著書で知ることができるが、通史である本書で...
評者は小野紀明氏の師匠にあたる勝田吉太郎氏を通じて政治思想史の面白さを知った世代である。従って小野氏の講義を実際に聞けなかったのは残念であるが、その著書を通じて氏の業績にはずっと敬意を抱いていた。近世以降についての小野氏の見解は概ね既刊の著書で知ることができるが、通史である本書では、古代ギリシアや中世キリスト教世界についても、小野氏のまとまった論考に接することができるのは嬉しい。 専門的な論文も含めて小野氏の文章は非常に明解である。難解な思想に自分自身も一知半解な哲学ジャーゴンをまぶして読者を煙に巻くのでなく、自らの言葉で咀嚼して提示してくれるので、哲学をそれほどマニアックに勉強してるわけでもない法学部の学生にとっても比較的入りやすいだろう。またその注の充実ぶりは特筆に値する。そこで言及される広範な文献への参照と的確な批評は、氏の抜群のセンスとバランス感覚を窺わせるし、本文の文脈を離れてより広い視野で関連領域を俯瞰することができて大変勉強になる。それは個々の思想家の概念の異同や影響関係を問題とする従来の思想史研究ではなく、思想が置かれた時代の気分を捉えることを目指す小野氏の精神史的アプローチの然らしむる所であろう。 精神史的アプローチという小野氏が切り開いた政治思想史の新しいスタイルは、芸術論や現代思想も含めて従来の政治思想史ではあまり扱われなかった領域へと視野を一挙に拡大するものであり、小野氏の出現以降、政治思想史研究は大きく様変わりした。他方で従来の政治思想史が問題としてきた、国家とは何か、国家を構成する諸原理、あるいは国家に対して個人の自由や権利をいかに守るか、といった論点は後景に退いている。そのことの是非はともかく、従来の政治思想が前提としていた国家のリアリティーが、現代において大きく変容しているという小野氏の理解がそこにあるのかも知れない。 師匠の勝田吉太郎氏、あるいは福田歓一氏や佐々木毅氏など、伝統的な政治思想史ないし規範的政治理論の枠組を受け継ぐ前世代の諸家とは違い、小野氏が現実政治に対して一貫して禁欲を保っているのも恐らくこのことと無関係でないだろう。小野氏自身はある座談会で現実政治への関心を問われて、それは「自分の柄ではない」と発言しており、それも一つのスタイルではあろうが、政治というものが現実との格闘である以上、やや物足りなさを感じてしまうのである。年来のハイデガー研究にも区切りをつけ、比較的自由の身となった小野氏の今後に注目したい。
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小野先生渾身の大著。「精神史」とは聞きなれない言葉であったが、その時代の精神を理解することを目的とするという。ある人の思想を理解するには、その文脈となるその時代の“気分”を肌で感じとり、思想を追いかける必要がある、ということだろうかと理解した。引用が豊富なのもその手がかりとなるか...
小野先生渾身の大著。「精神史」とは聞きなれない言葉であったが、その時代の精神を理解することを目的とするという。ある人の思想を理解するには、その文脈となるその時代の“気分”を肌で感じとり、思想を追いかける必要がある、ということだろうかと理解した。引用が豊富なのもその手がかりとなるか。内容はかなり難解であるが、思わず夢中になってしまう魅力がある。高価だがかなりおすすめ。
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