1,800円以上の注文で送料無料

批評メディア論 の商品レビュー

3.5

2件のお客様レビュー

  1. 5つ

    1

  2. 4つ

    0

  3. 3つ

    0

  4. 2つ

    1

  5. 1つ

    0

レビューを投稿

2019/02/17

 仕事の必要あって、「思想界注目の新進批評家」による力作を読む。とにかく読みづらい文章で、その点では辟易させられた。  奇を衒った文体で〈新しさ〉を身にまとおうとしているが、内容的にはむしろオーソドックスな言説研究の成果である。その限りでは、1930年代前半の言論メディアにおい...

 仕事の必要あって、「思想界注目の新進批評家」による力作を読む。とにかく読みづらい文章で、その点では辟易させられた。  奇を衒った文体で〈新しさ〉を身にまとおうとしているが、内容的にはむしろオーソドックスな言説研究の成果である。その限りでは、1930年代前半の言論メディアにおいて《編集》という行為の価値とプレゼンスが高まっていたこと、その中で、度重なる引用と相互参照の中で実際には書かれていない言葉がまるで幽霊のように実定性を持ち始めてしまうプロセスの分析など、興味深い内容を含んでいる。  しかし、少なくとも私には、本書の内容に既視感がつきまとう。著者の分析枠組みは、1990年代以降の日本語の近現代文学研究の達成を明らかに参照したものだ。また、1920年代後半〜30年代前半にかけての文学言説の場を、メディア・ジャーナリズムとの拮抗競合関係として読み解こうとする仕事は、むしろこの時期にかかる検討の定石といってよい。にもかかわらず著者は、「大衆の消費を前提とした言論生産は知の枠組をも確実に変成させていくだろう(従来の文学史/文学研究的な視座に欠落していたのはこの枠組転換への目配りだ)」(83p)と断定してしまっている。いったいどうしてなのだろうか?  似たような問題は、本書がどの時期を対象としたかについても言える。本書が論じた対象はほぼ1930年代初頭から半ばまでのだいたい5年間ほどに収まるが、言ってみれば筆者は、円本ブーム後の出版市場の混乱が一段落し、日中戦争の開始によって言論の場が大きく揺動する以前の、相対的安定期の言説しか取り上げていない。つまり、ゲームのルールがそれなりに安定的な場面でのことしか、本書は論じていないのだ。だから、本書が描き出す言説の場は、ひどくフラットで自閉的に見える。  しかし、言説について考えるときに大事なことは、〈何が語られていないか〉である。そもそも語れないことがあり(検閲)、なぜか語られないことがある(政治的無意識)。そして、表出された言説を追いかけるだけでは、言説の場それ自体の膨張と収縮、偏りと傾向性を論じることができなくなる。言いかえれば、言説総体の運動と政治性とが見えにくくなってしまうのだ。    だが、こうした点を問題と感じてしまうのは、わたしが本書をコンスタティヴに読みすぎているからかもしれない。じつは本書は、日本語の「批評」が、先行する知との切断を過剰なまでに演出しながら、ジャンルとしての「批評」が収まる言説の場それ自体の政治性やイデオロギー性を問題としてこなかった、という事態をパフォーマティヴに露呈させようとする、高度に戦略的なテクストであるかもしれないからだ。

Posted byブクログ

2015/04/21

現在の批評がどのような歴史的変遷をたどってきたのかということが理解できるとともに、遠い昔の話のようだけども、ネット社会の到来によって批評のあり方が変化していった様子にも十分応用できるというか、むしろ同じ道をたどっているかのような印象をもった。

Posted byブクログ