パスカルと身体の生 の商品レビュー
評者はフランス文学愛好家でもなければパスカル研究者でももちろんない。したがって本書のような本格的なパスカル研究とは本来無縁な人間である。著者がたまたま高校・大学の同級生でなければ決して手に取ることのなかった本だ。だが読み始めると意外にスラスラ読める。詳細な注も含めて週末に一気に読...
評者はフランス文学愛好家でもなければパスカル研究者でももちろんない。したがって本書のような本格的なパスカル研究とは本来無縁な人間である。著者がたまたま高校・大学の同級生でなければ決して手に取ることのなかった本だ。だが読み始めると意外にスラスラ読める。詳細な注も含めて週末に一気に読み通した。 通読して感じるのだがパスカルは存外常識人ではあるまいか。信仰を賭けになぞらえて、確率的に考えても信じるほうが得ではないかと喝破したパスカルのこと、市井のごく普通の人々の皮膚感覚を持ち合わせていたとしても不思議でない。信仰が損得勘定につきるはずもないのだが、入口はどうあれ信仰生活というカタチをそれなりに続けていれば中身は自ずとついてくる。習慣というものの正体を知り尽くした常識人の智恵ではなかろうか。 それはともかく、本書の中で最も学術的価値が高いと思われるのは、直感とも感覚とも訳されるパスカルのキー概念「sentiment」を分析した三章である。この多義的な概念をあくまでテクストに密着しながら明快に腑分けした著者の手腕は見事という他ない。と同時にやや不満が残るのも本章だ。宗教的直感と自然的直感のそれぞれに働く「sentiment」は、言葉としては同じでも全く違うものなのか、 それとも何らかの共通の属性を有しながらも、言わば、感覚A、感覚Bというような、種類の違う「感覚」なのか。「両者は全く別物で理性の及ばない認識を確実に与えるという点で類比関係にあるに過ぎない」と著者は言う。だが果たしてそう割り切ってよいものか。他方で著者は「感覚は、人間の不完全さを示すと同時に、その不完全さを克服する手段ともなる」とも言う。これは単なるレトリックではないはずだ。パスカルのテクスト読解としては限界があるのかも知れないが、書名の一部にもなっている「身体」を媒介として、様々な「感覚」の内的連関について今一歩踏み込んだ著者の分析を読んでみたくもなる。 しかしこれがソルボンヌ大学の博士論文とは少々意外である。重箱の隅をつつくような研究も少なくないと思うが、本書は専門書でありながら内容は実に骨太で、注を削ってもう少しコンパクトにすればやや高級な新書としても十分通用するだけの一般性を兼ね備えた好著である。
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