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ウッツ男爵 の商品レビュー

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7件のお客様レビュー

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2020/07/29

マイセン磁器の魅力(魔力?)にとりつかれた男の物語。磁器だけでなく収集癖やこだわりのある人にとって共感できる話が詰まっている。しかし、最後はやがて悲しき収集癖かな、となり、自分の人生を振り返ってしまい、磁器はどうなってしまうのか。

Posted byブクログ

2017/10/29

早逝した作家、 ブルース“どうして僕はこんなところに”チャトウィンの 幻想的な小説を、ドイツ文学者・池内紀先生が翻訳。 作者の分身のような語り手「私」が出会った、 マイセン磁器の蒐集家ウッツ男爵の 静かでありながら鬼気迫る情熱について。 作家になる前、サザビーズで働いていたとい...

早逝した作家、 ブルース“どうして僕はこんなところに”チャトウィンの 幻想的な小説を、ドイツ文学者・池内紀先生が翻訳。 作者の分身のような語り手「私」が出会った、 マイセン磁器の蒐集家ウッツ男爵の 静かでありながら鬼気迫る情熱について。 作家になる前、サザビーズで働いていたという作者は多分、 その手の人種を数多目撃していたはずで、 ウッツ男爵はそうした人々のイメージの キメラのようなキャラクターなのかもしれない。 冷戦下の社会主義体制側が舞台になっているため、 超合理的かつ殺伐とした、 コレクション=個人の私有財産=「悪」と見なされる世の中で いかに宝物を保持するかに腐心する様は、 シリアスを通り越して滑稽なほどだが、笑ってはいけない。 ウッツは(所有の)自由を守るため、 勇気を持って、あの手この手で戦った。 しかし――身近な例を見回してわかるように―― 強力な蒐集癖を持つ男性はパートナーを求めないか、 あるいは自身の趣味に極めて寛容な人と生活を共にするだろう、 そして「集める系」オタク野郎は、 そんな器の大きい相手の掌で遊ばされているに違いないのだ……。

Posted byブクログ

2016/06/26

コレクションの行方もさることながらチェコ史を背景にひとりの蒐集家としての人生自体もミステリアスだった。

Posted byブクログ

2019/06/02

[関連リンク] ウッツ男爵: ある蒐集家の物語 - アブソリュート・エゴ・レビュー: http://blog.goo.ne.jp/ego_dance/e/0f5b44f39986dadc29d37ad8f65a439e

Posted byブクログ

2014/10/09

皆様この世にブルース・チャトウィンなる方が存在したってご存知でしたか!?うわーーーーっ、やっぱり私だけ?、まったくもってなんにも知らなかったのって、私だけかーーーー!! そんな残念な悲鳴と、出会えた喜びの声とを同時にあげずにいられません。 池内紀氏にとっては「書いたものすべて...

皆様この世にブルース・チャトウィンなる方が存在したってご存知でしたか!?うわーーーーっ、やっぱり私だけ?、まったくもってなんにも知らなかったのって、私だけかーーーー!! そんな残念な悲鳴と、出会えた喜びの声とを同時にあげずにいられません。 池内紀氏にとっては「書いたものすべてを読みたいと願っていた、ほとんど唯一の同時代人」なのだそうですが、まさにその通りで、次々と読んでみたくなります。若くして亡くなられているだけに、作品が限られているのは本当に残念です。ただでさえ、限られているのですから、どちらかの出版社さまは、『ウィダの総督』を是非復刊してください!! スーザン・ソンダクによれば、このチャトウィン氏は一目見た瞬間、胃が飛び上がり、胸が早鐘のように打ってしまう、男女を問わず虜にしてしまう魅力を持った方だったそうなのですが、多くの作品に登場するさまざまな人との味わい深い出合いは、そんな魅力があったからこそなのでしょう。チャトウインの書く作品もまた一読で読者を虜にする魔法のような魅力にあふれています。 もとはサザビーズで有能な社員として働いていたものの、“旅への情熱をおさえきれず”辞職し、人類学や考古学を学んだり、ジャーナリストとして仕事をしたりして作家になられたそうです。 サザビーズを辞めた理由は、旅への思い以外にも、この業界への不満もあったようで、辞職するきっかけに、なんとサマセット・モームが関係していたとか。 モームは、何十年もかけて、ルノワールやドガ、モネやゴーギャンらの作品を含む印象派絵画のコレクションを作り上げてきたものの、八十代になって、それらを手放す気になり、サザビーズのオークションにかけることにしました。ところが、売り立ての直前に気が変わり、出品を取り消すと言い出します。これを聞いた当時のサザビーズ会長ピーター・ウィルソンは、モームの出品取り消しを阻止するため、ある作戦にでます。同性愛者であるモームの説得のため、自分が行くのではなく、とっても魅力的な若い男性社員に行かせることにしたのです。この時、白羽の矢がたったのが、当時印象派部門でカタログ製作を担当していた若きブルース・チャトウイン!!もちろん効果はばっちりで、無事に売立は行われました。 この出来事からまもなくサザビーズを辞職したチャトウィンは、ホントかウソかは知りませんが、「モームのあのおそろしく年老いた指が、僕の髪を梳こうとしたんだぜ!!」そんな不平をのちにもらしたそうな。 抜け目ない商売人のようなこの会長については、チャトウィンの作品内ではかなり感じ悪く描かれていて、『どうして僕はこんなところに』中の「M-侯爵」では、その態度ゆえにM-侯爵の昼食会から追い出されています。ふふふ。 サザビーズ時代の逸話は他にもいろいろあるようで、視力の衰えたジョルジュ・ブラックが自分の作品の真贋の判定をチャトウィンの判断に従ったとか、その目利きの才については並ならぬものがあったそうです。 仕事を辞めたとはいえ、美術品やコレクターに関しては、関心を持ち続けていらしたようで(むしろ美術が好きだからこそ辞めたわけですが)、最後の小説作品となったのは、チェコのマイセン磁器人形コレクターのことが書かれた『ウッツ男爵』。私がチャトウィンを知ることが出来たのは、この作品が白水Uブックス化されたからにほかならず、ほんと白水社様に感謝です。 さてこの作品、チェコの歴史やプラハの街という“実”に磁器コレクターや彼を巡る人々と言う“虚”が巧みに混ぜ合わされた作品です。チャトウィンは、虚実を織り交ぜた興味深い話を語りまくるおしゃべりな人だったそうですが、語りであれ小説であれ、事実に虚構が入り混じってしまうのは、話の面白さのツボの押さえ方が非常に上手かったからこそなのだろうと思います。 この小説には、複雑なコレクター心理や、社会主義国における個人でコレクションを持つことの困難や、ウッツ氏死亡後の磁器の行方の謎、ヨーロッパでの磁器製作と錬金術の話とか、面白要素はいろいろありますが、私が最も「うわーっ」となったのは、長年ウッツ氏の家政婦として仕えてきた女性マルタのこと。恩人に愚直に仕え続けた哀れな女性と思いながら読んでいたので、衝撃を受けてしまいました。 小説は、友人一人とマルタしか参列していない寂しいウッツ氏の葬儀のシーンからはじまります。葬儀の後その二人だけが参加したお別れの朝食会において、酔ったマルタが店内にある熊の剥製に対し、「あの熊に乾杯!」とはしゃぐのですが、この乾杯の謎が解ける終盤にしてやられました。結末のシーンがまたいいです。時代と己の欲望に翻弄された小男の物語がかすんでしまうくらいの、女の勝利。

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2014/09/10

待望の再版が出たので再読。マイセンのフィギュアの魅力にとり憑かれた男の話。舞台はプラハ。 ピアノを弾くキツネと女性歌手のフィギュアがミュンヘンの博物館にあって、あまりにもシャレがきいてるのでものすごく感心して、以来ミュンヘンに行くたびになるべく見に行くのだけど、ウッツが語り手に自...

待望の再版が出たので再読。マイセンのフィギュアの魅力にとり憑かれた男の話。舞台はプラハ。 ピアノを弾くキツネと女性歌手のフィギュアがミュンヘンの博物館にあって、あまりにもシャレがきいてるのでものすごく感心して、以来ミュンヘンに行くたびになるべく見に行くのだけど、ウッツが語り手に自慢のコレクションを見せるシーンで同じものが登場してうれしくなった~!そしてウッツも「シャレているでしょう?」と自慢するのです。

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2014/09/08

副題に『ある蒐集家の物語』とある通り、プラハを舞台に、ある1人のコレクターの姿を、外国人である語り手の目を通して描いた作品。 第二次大戦と共産革命後も守り抜いたコレクションは、物語の終盤、ウッツ男爵の死後に忽然と消え失せてしまう。『割られて廃棄された』という証言らしきものは提示さ...

副題に『ある蒐集家の物語』とある通り、プラハを舞台に、ある1人のコレクターの姿を、外国人である語り手の目を通して描いた作品。 第二次大戦と共産革命後も守り抜いたコレクションは、物語の終盤、ウッツ男爵の死後に忽然と消え失せてしまう。『割られて廃棄された』という証言らしきものは提示されるが、信憑性には難があり、他の可能性も残されるが、消えたコレクションは消えたままで小説は終わる。そもそも小説自体、語り手とウッツ男爵とのたった1日の交遊が主であり、コレクションの行方自体に長いページが割かれているとは言い難い。 要するにこれは、『蒐集家』という人間を描いた小説であり、結局、あのコレクションが行方知れずで終わることがそれを証明しているように思う。

Posted byブクログ