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「坊っちゃん」の時代(新装版)(第三部) の商品レビュー

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2022/04/19

起居していた 阿部定という名の妖艶な女に喉を締められて死ぬ 「花の朧夜」という春本 性的な夢想や行為に逃避した 醜怪な美 新井薬師の小料理屋_吉田屋 「煤煙事件」の顛末 自我を持て余して_その挙句_死の遊戯を行う この夜_啄木の「放浪時代」は名実ともに終わりを告げた

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2019/04/19

いやあ、すがすがしいまでのクズっぷりですね。第三部を読んでしまうと、  はたらけど はたらけど猶 わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る という有名な歌も、これまでとはまったく違う印象になってしまう不思議。まあ、いつどこで読まれたかによっては、元の印象が正しいのかも...

いやあ、すがすがしいまでのクズっぷりですね。第三部を読んでしまうと、  はたらけど はたらけど猶 わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る という有名な歌も、これまでとはまったく違う印象になってしまう不思議。まあ、いつどこで読まれたかによっては、元の印象が正しいのかもしれませんが。実際、クズ全開期を描いた第三部では、この歌は詠まれていないようですし。 そう考えると、夫と妻、それぞれにとって出逢って、結婚してしまったのが不幸だったのかなあと。クズ全開の、ある意味痛快な生き様が、家族が上京してきた途端に…ということを考えるとね。 北海道を放浪して、東京でもひとりでいる間は自分に忠実に生きてきたわけで。ひとりでなら舌先三寸で借金を踏み倒しながら生きていくこともできたのかなあと。そうしたら、小説でも少しは仕事をなしえたのかなあと。まあ、それは言ってもしょうがないことですが。 機会を見て『一握の砂』も読んでみようと思います。 #今、第二部が手に入らなくってね…

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2019/02/10

啄木は、どう書いてもダメなやつなんだ。まあ、そこがいいんだけど僕は。  皮膚がみな 耳にてありき しんとして 眠れる街の 重き靴音 これで、時代の空気が見事に伝わる。えらいのは関川夏央か石川啄木か。

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2015/03/12

この巻は石川啄木。 私は本以外にはあまり物欲がないというか、逆に買い物してお金を使うのがストレスになるところがあるので、石川啄木の金銭感覚は全く理解できない。 函館の友人のところに預けている母、妻、子どもを東京に呼ぶためのお金がない。 何度会社に給料の前借をしようと、手当たり...

この巻は石川啄木。 私は本以外にはあまり物欲がないというか、逆に買い物してお金を使うのがストレスになるところがあるので、石川啄木の金銭感覚は全く理解できない。 函館の友人のところに預けている母、妻、子どもを東京に呼ぶためのお金がない。 何度会社に給料の前借をしようと、手当たり次第の友だちから借りようと、北海道時代の昔なじみの芸者からまでお金を借りても、手元にお金が残らない。 なぜだ? それは、使うからさ。 手元にお金があればあるだけ使う。 会社をさぼって映画を観、酒を飲み、友だちに奢り、女を買い、いらないものまで買って、すっからかんになる。 お金が無くなれば、会社をさぼる。 凄く破綻した生活だけれど、それはそれでやって行けてたのだからすごい。 結局誰かがお金を貸してくれるのである。 面と向かって頼んでも、手紙で懇願しても、結局誰かが貸してくれる。 多分言葉に力があるんだ。 そして啄木はそれを自覚している。 まだ若く、自分のことを天才と信じていた頃ならお金を借りることに後ろめたさはないかもしれない。 けれど啄木は、自分の才能に疑いを持ち始めても、生活を立て直すことができなかった。 身近にいた人に片っ端からお金を借りていた啄木だが、金田一京助の献身ぶりが淒じい。 蔵書を全部売り払って啄木のためにお金を作る。 自分は文学の才能に見切りをつけたので、文学書はいらないのです。これからはアイヌ語の研究に一生を捧げます。そう言って。 しかしそれは、啄木のためになることだったのかな。 自我とは“戦後(日露戦争)の病気だ。いや 現代という時代のもたらした必然の病気だ。これから日本も 日本人も 悩むための悩みに溺れ 苦しみ そのあまり 心中ごっこだかなんだか知らないが ともかく 破局へ向かって 一目散ということになるだろう。残念ながら それが われわれの現に生きている 時代の実相なのだ” 小説家になりたかったのに小説を完成させることがどうしてもできず。 ただ口から出てくる短歌をノートに書き写す啄木。 物語を作ることではなく、思いの丈を言葉に込めることこそが、啄木の才能の在り処だったのだろう。

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