現代小説作法 の商品レビュー
さすが論理明晰な名著 小谷野敦がほめてゐたので、ちくま学術文庫のを買って読んでみた。 名著である。 私は文章読本のたぐひを、谷崎から井上ひさしまで一通りよんだ。たとへば、丸谷才一は、松浦寿輝が群像に書いたとほり《英米系の教養に偏し》てゐる。また、三島由紀夫の文章読本は、うは...
さすが論理明晰な名著 小谷野敦がほめてゐたので、ちくま学術文庫のを買って読んでみた。 名著である。 私は文章読本のたぐひを、谷崎から井上ひさしまで一通りよんだ。たとへば、丸谷才一は、松浦寿輝が群像に書いたとほり《英米系の教養に偏し》てゐる。また、三島由紀夫の文章読本は、うはべだけ飾り立てることに主眼をおいて、中身がない。筒井康隆の『創作の極意と掟』は、技術的な工夫にしか目がない。 しかし、大岡の小説作法にはそれらの欠点がない。より実際的に平明に書かれ、小説をつぶさに立体的に捉えた、優れた小説作法である。展開される小説に対する見地が的を射てゐる。たとへば、最終章の「要約」から挙げると すべてを知り、すべてを見下す作家の特権的地位というものは現代では失われています。文学における真実の問題もおびやかされています。小説家がいくら社会を描くと威張っても、彼の告げるところは、専門家から見れば、常に疑わしいものです。文章と趣向の必要から来る歪曲は、対象の忠実な「再現」とはいい難い。「彼がこう思った、こう感じた」と書いても「うそをつけ。実はあゝも、感じたろう」といわれれば、それに抗弁する手段は小説家にはないのです。(p.245) といふ具合。大岡が小説を、東西問はずひろく丹念に勉強したことを窺はせる。小谷野の《実に見晴らしのいい本である。》といふ評は、そのとほりである。 地味な題名と装丁のために埋もれてしまってゐるのが、実に惜しい。
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