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小林一三 の商品レビュー

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10件のお客様レビュー

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2020/12/05

鉄道を起点に沿線の住宅地を開発し、百貨店やスーパーを経営するというビジネスモデルの原型を作った小林一三。また宝塚歌劇を生み出したことでも有名です。そんな彼の人生はまさしく無から有を生み出すというものでした。落ちこぼれサラリーマンであった彼が、どのようにして様々な事業に取り組み失敗...

鉄道を起点に沿線の住宅地を開発し、百貨店やスーパーを経営するというビジネスモデルの原型を作った小林一三。また宝塚歌劇を生み出したことでも有名です。そんな彼の人生はまさしく無から有を生み出すというものでした。落ちこぼれサラリーマンであった彼が、どのようにして様々な事業に取り組み失敗し、成功してきたのか、その生涯をたどります。【兵庫県】

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2018/12/15

小林一三の浮き沈みの激しい波乱の人生を追体験できる良質なテキストです。私には政治方面の話が少し難しかったですが、宝塚歌劇団、東宝を立ち上げたのはもちろんのこと、コマ劇場を発案したのも彼だったと知り、驚きました。

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2016/05/24

鉄道や電力といったインフラから映画・歌劇と言う芸術まで、人々の生活と心に火を灯し続けた経営者の生涯を描いた作品。簡潔な言葉を用いながらも、当時の心情の描写が見事で読み応えがあった。

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2015/10/27

北康利さんらしい躍動感にあふれた描写、その人物が目の前にいるかのような臨場感であっという間に読了。冒頭に記載されている小林の言葉「百歩先の見えるものは狂人扱いされ、五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる。十歩先の見えるものが成功者で、現在を見ぬものは落伍者である。」、大河ドラマ...

北康利さんらしい躍動感にあふれた描写、その人物が目の前にいるかのような臨場感であっという間に読了。冒頭に記載されている小林の言葉「百歩先の見えるものは狂人扱いされ、五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる。十歩先の見えるものが成功者で、現在を見ぬものは落伍者である。」、大河ドラマでいうと、百歩先が見えていたのが松陰であり、五十歩先が見えていたのが龍馬、高杉、西郷あたりか。十歩先だと伊藤博文、木戸、大久保か。このほか心に残ったのは「成功者はみな困難な時期でもじっと我慢し続け、ほんの一瞬訪れた幸運を逃さずものにしてみせる思い切りの良さを持っている」「下足番を命じられたら日本一の下足番になってみせよ。そうすれば誰もその男を下足番にしておかない」「世の中に対する貸し勘定をいかに増やすか」

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2015/06/23

小林一三は、いわずと知れた、明治時代の、経営者、阪急電鉄の沿線を開発し、鉄道の需要をはかるという 私鉄のビジネスモデルを生み出した人です。本の内容は、皆様が、ご存知のとおりです。 私が、一番印象に残ったのは、小林家の家計図です。元テニスプレーヤーの松岡修造さんが、小林一三のひ孫で...

小林一三は、いわずと知れた、明治時代の、経営者、阪急電鉄の沿線を開発し、鉄道の需要をはかるという 私鉄のビジネスモデルを生み出した人です。本の内容は、皆様が、ご存知のとおりです。 私が、一番印象に残ったのは、小林家の家計図です。元テニスプレーヤーの松岡修造さんが、小林一三のひ孫であることは、有名な話ですが、なぜ姓が、松岡なのか。それは、小林一三が、次男 辰郎を松岡家に養子に出したから。今は、ビジネスがうまくいっているが、今後どうなるか、わからない、ということで、家系存続のため、養子に出したそうです。ちなみに、長女は、サントリーの創業者の長男のもとに、嫁にいっています。まるで、戦国時代の武将のような話です。いまどきの、ベンチャー企業の経営者も、このようなことを考えるのでしょうか。

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2015/06/15

肉親との縁は薄かった幼少時代だったが、金持ちだった為、慶應義塾に入り豪遊生活。そのままコネで慶応閥が占めてる三井銀行に。金持ちボンボン所以の人脈形成はできたがまだ有能ではなかった。退職後から本領発揮が始まり鉄道事業、阪急デパート、東電再建、宝塚など大衆を集めるアイデアを実践した。...

肉親との縁は薄かった幼少時代だったが、金持ちだった為、慶應義塾に入り豪遊生活。そのままコネで慶応閥が占めてる三井銀行に。金持ちボンボン所以の人脈形成はできたがまだ有能ではなかった。退職後から本領発揮が始まり鉄道事業、阪急デパート、東電再建、宝塚など大衆を集めるアイデアを実践した。小林家が安泰するよう分散して大企業や貴族院との血縁を繋いでいく事で一族も繁栄。銀行、政治家、ライフライン、客商売とどこにでも顔が利くのは強みだわ。

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2015/02/15

阪急電鉄、宝塚、東宝グループの創始者。甲州商人の家に生まれ、裕福な養子として奔放に慶応進学、三井銀行就職。しかしながら銀行員としてはまじめと不真面目の両極端でついには創立したばかりに電鉄会社の経営者。ここでついに踏ん切りがついたの真の経営者の道を歩み始める。心に残った一節「えらい...

阪急電鉄、宝塚、東宝グループの創始者。甲州商人の家に生まれ、裕福な養子として奔放に慶応進学、三井銀行就職。しかしながら銀行員としてはまじめと不真面目の両極端でついには創立したばかりに電鉄会社の経営者。ここでついに踏ん切りがついたの真の経営者の道を歩み始める。心に残った一節「えらい人ってのは、つまり世の中に対して貸し勘定の多い人ってことだよね」

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2014/11/16

阪急グループ創始者、小林一三の人生を辿り、人間の持つ夢と可能性に迫る一冊。 山梨県に酒屋兼質屋を営む韮崎商人の家に生まれる。しかし、幼くして母親を亡くし、婿養子だった父が家を出たため、二歳にして家督を継ぐ。 慶應義塾大学を卒業後、慶應閥が経営陣を占めていた三井銀行に入社し、大阪...

阪急グループ創始者、小林一三の人生を辿り、人間の持つ夢と可能性に迫る一冊。 山梨県に酒屋兼質屋を営む韮崎商人の家に生まれる。しかし、幼くして母親を亡くし、婿養子だった父が家を出たため、二歳にして家督を継ぐ。 慶應義塾大学を卒業後、慶應閥が経営陣を占めていた三井銀行に入社し、大阪に勤務。仕事は順調だったが、後に妻になるコウという若い芸者に入れ込んでいたことや気の強さが災いし、社内ではあまり評判が良くなかった。 その後、三井銀行内の主導権争いなどの影響もあり、一三は新設される証券会社の経営者になるため退社する。しかし、設立直前に日露戦争後連日活況だった株式市場が暴落し、設立自体が白紙になってしまう。そこで紹介されたのが阪鶴鉄道の経営だった。この会社そのものは大阪-舞鶴間の運行開始後、国に買収されたが、会社を清算するだけでなく、新しく電車を走らせる箕面有馬鉄道を新設。 ライバルとなる官鉄線や阪神鉄道は繁華街を通っていたが、一三は人一倍豊かな想像力を活かし、住宅分譲や宝塚新温泉、歌劇団、百貨店などの沿線開発を並行して進めることで沿線人口を増やす計画を思い付き、箕有鉄道の経営に乗り出す。阪鶴社員の移籍をすべて断り、たった三人でのスタートだった。 「世の中に対する貸勘定」を増やすことを信条とした。 昭和二年、三井銀行時代の上司からの求められ、東京電燈の経営再建に取り組む。それだけでなく、需要がないなら作り出そうという路線を突き進め、日本軽金属、東宝、阪急ブレーブスを設立する。 大戦後、吉田首相より、国鉄総裁に推薦されるが、GHQの横やりが入ったため、下山定則運輸次官が兼務することになる。その下山は、1947年職員95000人のリストラを決定した直後、常磐線線路上で轢死体で発見される。一三が就任していればもっと厳しいリストラをしたに違いなく、妻のコウは「なんと運の良いことでしょう」と涙ぐんだ。 生糸で財をなし、第十国立銀行(山梨中央銀行)東京馬車鉄道(都電)、東京電燈(東電)といった公共事業を全て抑えた若尾一平、雨宮敬次郎(甲武鉄道)、根津嘉一郎(東武鉄道)など、山梨県出身の大物財界人は枚挙にいとまがない。 長野県小県郡出身の五島慶太は農商務省、鉄道院で官僚キャリアを積むが役人生活に嫌気し、武蔵鉄道の常務になる。荏原鉄道と沿線開発して、その利益で武蔵鉄道をつくるというアイデアを五島に教えたのは一三だった。五島は一三に取り立ててもらった恩を終生忘れず、一三の追悼式で小林イズムを踏襲したとの弔辞を読んだ。

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2014/08/31

大阪に帰省した際にグランフロントの 紀伊国屋にて購入。旅行などに様々なところに 行った際にはその土地の本屋でその土地に関連する 本を購入するのは、一つの楽しみです。 で阪急の創始者の物語ですが。。。 とても面白かったです。 小林一三氏は思っていたよりもハチャメチャな(?) 人で、...

大阪に帰省した際にグランフロントの 紀伊国屋にて購入。旅行などに様々なところに 行った際にはその土地の本屋でその土地に関連する 本を購入するのは、一つの楽しみです。 で阪急の創始者の物語ですが。。。 とても面白かったです。 小林一三氏は思っていたよりもハチャメチャな(?) 人で、落ちこぼれのサラリーマンからの経営者に。 とても面白く魅力的な人に思えました。 『百歩先の見えるものは狂人扱いされ 五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる 十歩先の見えるものが成功者で 現在を見得ぬものは、落後者である』 『無から有を生み出すのは家の芸だ』 『世の中に対して貸勘定をつくっていく』

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2014/07/16

《メモ》既刊の評伝や自伝からの引き写しでもって主要な部分を構成しているから、(それ自体はすでにある程度同種の本が出ている場合やむを得ないんでしょうか)すでに誤りであることが判明していることをそのままにしていたり、誤解を生みやすい表現にあっさりひっかかって事実を誤認していたり、とに...

《メモ》既刊の評伝や自伝からの引き写しでもって主要な部分を構成しているから、(それ自体はすでにある程度同種の本が出ている場合やむを得ないんでしょうか)すでに誤りであることが判明していることをそのままにしていたり、誤解を生みやすい表現にあっさりひっかかって事実を誤認していたり、とにかく自ら検証することをしていないようなので、学術的な価値はないと思います。時折著者のコメントがついて、何とか自分のカラーを出そうとしているのでしょうが、感想や思い付きの域を出ていないのではないでしょうか。それでもこの本に価値があるとするなら、文章がとても読みやすいという点と、比較的入手しやすいということでしょうか。

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