野口英世の母シカ の商品レビュー
その人の手紙を読んだのは、社員旅行で訪れた野口英世 記念館でだった。 たどたどしい文字で書かれた手紙には意味不明な箇所もあり、 読み下すのに苦労した。それでも、綴れている内容に涙が 溢れそうになった。 千円札の肖像でお馴染み。世界的細菌学者の野口英世。 その母であるシカさんが...
その人の手紙を読んだのは、社員旅行で訪れた野口英世 記念館でだった。 たどたどしい文字で書かれた手紙には意味不明な箇所もあり、 読み下すのに苦労した。それでも、綴れている内容に涙が 溢れそうになった。 千円札の肖像でお馴染み。世界的細菌学者の野口英世。 その母であるシカさんが、英世に帰国を願う手紙だった。 シカさんの生涯を描く本書だが文体が合わないのか、私には 少々読み難かった。 だが、一人の女性の一生として捉える時、「なんでこんなに苦労 ばかりが続くのだろう」と切なくなって来た。 幼い頃に母が出奔、父も奉公に出てしまい家に残されたのは 祖母とシカさんのふたりきり。両親に置き去りにされた孫を 不憫に思い、祖母は懸命に働くがそれでも貧しい暮らしから 抜け出すことは出来ない。 たったひとり、シカさんを守ろうとした祖母も体を壊す。自分の為に 働きづめに働く祖母を助けたい。僅か7歳の少女は、自ら近在の 家に奉公に出る。 男性でさえも逃げ出すと言われた家で、少女は辛さに耐え奉公を し終える。そして周囲の勧めで結婚すれば夫は大の酒飲み。借財 は膨らむばかり。 そうして最大の悲劇が訪れる。のちに英世と改名する清作の、 囲炉裏への転落。我が子が大怪我を負ったのは自分の不注意 のせい。母は自分を責めた。障害を負ったこの子は、百姓として はやっていけない。自分が一生、養っていこうと決意する。 周囲の人々の助けもあり、英世が医学者の道を進み細菌学者 として名声を高めるのはご存じの通り。その陰では睡眠時間を 削り、どんなきつい仕事にも音を上げることなく働いた忍耐強い 母がいた。 渡辺淳一『遠き落日』は英世の借金癖等も隠さずに描いていたが、 本書はきれいごとだけを並べた感じになっているのが残念。留学 費用を一晩で使い果たしたとの有名なエピソードもなし。ちょっと 物足りないかな。 母子愛を描きたかったのだろうと思う。確かにシカさんの、英世に 対する愛情はとても深い。そして、15年ぶりに帰国した英世が 見せるシカさんへの孝行振りも母子愛を感じさせる。 まぁ、シカさんという女性を描くにあたって英世のエピソードは いらないのかもしれないけれど、物足りなさと感傷的な表現 が気になったことは否めない。 海外へ出て再会を果たした15年も長かったろうけれど、英世は それ以降、帰国してないんだよね。シカさんは亡くなる前にもう 一度、我が子に会いたかっただろうな。 恨みつらみも口にせず、どんなにしんどい時でも感謝を捧げ、 観音様に祈り続けたシカさん。英世がどんなに名声を高めて も変わらなかった貧しい暮らしのなかで、英世の出世だけが シカさんの希望だったのかな。
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