ツェッペリン飛行船と黙想 の商品レビュー
『それなら東京を去って、山林田野に遁れればいいのだが、それは出来ない。世間的な文学活動がしてみたいのだ。せめて、喧騒なる環境の下に在って、海底のやうな生活がしてみたいのだ』ー『社交の翌日』 文学は自己犠牲に支えられていなければならない、と作家は主張する。しかしその言葉の余韻が覚...
『それなら東京を去って、山林田野に遁れればいいのだが、それは出来ない。世間的な文学活動がしてみたいのだ。せめて、喧騒なる環境の下に在って、海底のやうな生活がしてみたいのだ』ー『社交の翌日』 文学は自己犠牲に支えられていなければならない、と作家は主張する。しかしその言葉の余韻が覚め切らぬ内に、生活に対する弁解じみた自身の保守が続けば、誰しもそれを肯定的には受け取れないだろう。少し意地悪く言ってしまえば、この本の中にすっと身を寄せたくなるような文章は見出し得ないようにも思う。それでも少し我慢比べのような気持ちで最後の頁まで読み通す。 果たして、文学はエゴイズムの発露であるとの言明に漸く行き当たる。少し熱を持ったような強さで、作家は漸く自身の代表的な私小説の背後に蠢く薄暗いものの存在を肯定する。そこで、初めて救われたような心地になる。そうでなければこの散り散りのまとまりの無い断片的とさえ言ってよい文章の山は、単なる自慰であると切り捨てるところであった。いや、自慰であることが否定されることはないのだが、世間一般からは批判を受けかねない自らの立場を白日の下に曝け出すことで、書くという行為を守ることが出来たように思う。その意味で清々しいような気持ちになることが出来たというだけのことなのだが、何やらそれが裏になっていた全てのものを表にひっくり返したような印象を残す。
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