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岡山の夏目金之助 の商品レビュー

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2020/08/24

現在岡山シティミュージアムで「災害の記録」展をしている。江戸や明治時代の地震やコレラ等の興味深い展示と共に水害の展示も多くあって、あることを思い出したので、本書を紐解いた。 明治25年の7月、岡山市街を通る一級河川旭川が氾濫する。ミュージアムには、破損箇所見取り図、義捐金報告書...

現在岡山シティミュージアムで「災害の記録」展をしている。江戸や明治時代の地震やコレラ等の興味深い展示と共に水害の展示も多くあって、あることを思い出したので、本書を紐解いた。 明治25年の7月、岡山市街を通る一級河川旭川が氾濫する。ミュージアムには、破損箇所見取り図、義捐金報告書、免租年期願いなどの資料があって、私の目当ての資料はなかったのだが、実はこの時、たまたま親類の家にやってきていた夏目漱石が被災している。そのことを詳細に述べたのが本書である。 10年ほど前、この時の漱石がしたためた正岡子規宛の書簡を調べたことがある。漱石は、現在の県庁南辺りにあった片岡邸(旭川土手の直ぐ下)で被災して一旦天神山の旧県庁に避難している。その後、上之町の資産家、光藤家離れに8日間ほど滞在、その後片岡邸に戻った時の事をこのように記している。 「…帰寓して観れば、床は落ちて居る畳は濡れて居る、壁は振い落してある、いやはや目も当てられぬ次第。四斗樽の上へ三畳の畳を並べ、之を客間兼寝処となし、戸棚の浮き出したるを次の間の中央に据へ、其前後左右に腰掛と破れ机を併べ是を食堂となす.屋中を歩行する事峡中を行くが如し。一歩を誤てば橡の下に落つ。いやはや丸で古寺か妖怪屋敷と云ふも猶形容し難かり。夫でも五日が一週間となるに従ひ、此野蛮の境遇になれて左のみ苦とも思はず。可笑しき者なり。(略)実に今回の大水は、驚いたような、面白いような、怖ろしいような、種々の元素を含み、岡山の大洪水、又、平凹凸一生の大波乱というべし‥‥」 さすが漱石、子規宛書簡といえど描写が真に迫っている。「丸で古寺か妖怪屋敷」の景色は、つい最近、2018年倉敷真備の大水害でボランティアに行った際の家々の状況で見たばかり。私も、漱石同様被災者本人ではないので「驚いたような、面白いような、怖ろしいような」感慨を持った覚えがある。 ただし、この本はお医者さんで郷土史家の横山氏が発掘した事実を記しただけの本であり、漱石のこの体験が漱石の文学にどう影響したか等の分析は一切ない。まぁそれも小気味良いんだけどね。 私はこれは「かなり特異な経験」だと思うのだが、のちの漱石文学に影響したと思える箇所が一つもないように思える。そのことが、却ってずっと不思議なのである。

Posted byブクログ