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あのとき、大川小学校で何が起きたのか の商品レビュー

3.7

23件のお客様レビュー

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2014/02/17

本書の中でも述べられているが、事実を明らかにして今後に役立てていくことが生き残った私たちの使命ではないかと思った。

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2014/02/01

「石巻の奇跡」に対して、大川小の悲劇は、後世への警鐘としてしっかりと伝えていかなければならないのだと思う。ただし、残された人々が争っているのは、切ない。

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2013/05/27
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

3.11の大津波で、全校生徒108人のうち、実に74人の死亡・行方不明者を生む大惨事の舞台となった宮城県石巻市立大川小学校。 これまで、ひた隠しにされてきた「空白の51分」の悲劇が明らかになった。 なぜ、「山さ逃げるべ」という児童の懇願も受け入れず避難が遅れたのか? なぜ、石巻市教育委員会は児童の聞き取り調査メモを廃棄したのか? なぜ、真相解明を求める遺族の声は聞き入れられないのか? 膨大な資料開示請求から得た新事実と、行政・遺族双方への緻密な取材によって再検証する、渾身のノンフィクション! やっぱり、今までにない体験をした場合、津波なんてこない、自分に限って大丈夫って思ってしまうんだろうなと思う。 しかたないとは言えないけど、なんとなく気持ちはわかる。 でもそれを隠そうとするのはやっぱり許せない。 ちゃんと本当のことをみんなに伝えて、今後のために生かしてほしい。

Posted byブクログ

2013/05/15

東日本大震災の津波により、学校管理下にもかかわらず死者行方不明者84名(うち児童74名)を出した大川小学校の悲劇。地震発生から避難到達までの51分間、文字通り「何が起きていたのか」に迫るルポルタージュ。 しかしながら身内を守ろうとする教育委員会の厚い壁に阻まれ、真実を知ろうとする...

東日本大震災の津波により、学校管理下にもかかわらず死者行方不明者84名(うち児童74名)を出した大川小学校の悲劇。地震発生から避難到達までの51分間、文字通り「何が起きていたのか」に迫るルポルタージュ。 しかしながら身内を守ろうとする教育委員会の厚い壁に阻まれ、真実を知ろうとする遺族の思いは遂げられない。民主党政権によるSPEEDI隠蔽と同じく、正常性バイアスとエリートパニックがひき起こした人災であることがよくわかる。 結局3.11が浮き彫りにしたのは、想定外の大惨事においては、自分の身は自分で守るしかないということか。「津波てんでんこ」こそが身を守る唯一の手段なのか?

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2013/04/23

防災教育とは、マニュアルを作ることでも、マニュアルににそった通り子どもたちが動けるようにすることではなく、自分の命に責任をもって、自分が動けるように子どもたちの心をはぐくんでいくことだと思った。 釜石で「津波てんでんこ」「命てんでんこ」という言葉があり、あれほど町が壊滅的な被害...

防災教育とは、マニュアルを作ることでも、マニュアルににそった通り子どもたちが動けるようにすることではなく、自分の命に責任をもって、自分が動けるように子どもたちの心をはぐくんでいくことだと思った。 釜石で「津波てんでんこ」「命てんでんこ」という言葉があり、あれほど町が壊滅的な被害にあっても、多くの子ども達の命が救われたのは、こうした普段から地震、津波、自然災害がきたらどうすればいいかということが、子ども達の頭にも体にも刻まれていたからだと思う。

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2013/04/09

「何故こうなったのか真実を知りたいだけ」 その想いがただ積もっていくだけの現実がつらい。 自分も最初は何を問題にしているのか分かってなかったけど、 この隠蔽問題が事実を歪ませていたのか、と。 この状況を子供たちがこの先どういう形で思い出すんだろう。 忘れました、覚えていません、分...

「何故こうなったのか真実を知りたいだけ」 その想いがただ積もっていくだけの現実がつらい。 自分も最初は何を問題にしているのか分かってなかったけど、 この隠蔽問題が事実を歪ませていたのか、と。 この状況を子供たちがこの先どういう形で思い出すんだろう。 忘れました、覚えていません、分かりません。 そんな言葉が聞きたい訳ではないのに。 誰もが助かろう助けようと動こうとした事は本当だと思います。 だけど、先生がいなかった方が助かった、と 言われてしまう現実。 事なかれ主義、と簡単に決めてしまえるのかも分からないけど、 そうとしか思えない行動が多すぎて。

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2013/03/26
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

子ども達の遺族・市教委・校長・諸々のやりとり,不備。 あの震災から何も学んでいない,息子の小学校の学校執行部の顔が重なった。彼らも,次にあの地震と同じ規模の地震が起きて,子ども達が犠牲になっても,大川小学校の前校長と同じような対応を取るんだろうな…と辛くなった。 子ども達は2度,殺されている。そんな印象だった。 そして事実を知りたい遺族。誠実に対応しているつもりでも,保護者との意識の違いが露呈している市教委・市長。 今,子ども達の声・生き残った保護者の声が同じ世代の子ども達を持つ親世代に届いているのだろうか? 読んでいて,苦しくなる本だった。 それでも,この本を書いてくれたこと・取材に応じてくれた保護者や関係者の方に感謝の念を禁じ得ない。

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2013/03/11

3・11の大津波で、大川小学校は84名もの児童、教職員がなくなった。しかし、一方で、「てんでんこ」―各自の判断で生き延びた多くの学校のことを考えると、なぜ大川小ではこのような悲劇が起きたのか、だれしも知りたくなる。NHKでは、2013年の3月8日にその報道をしたのだが、ぼくはうっ...

3・11の大津波で、大川小学校は84名もの児童、教職員がなくなった。しかし、一方で、「てんでんこ」―各自の判断で生き延びた多くの学校のことを考えると、なぜ大川小ではこのような悲劇が起きたのか、だれしも知りたくなる。NHKでは、2013年の3月8日にその報道をしたのだが、ぼくはうっかり見逃してしまった。そのかわり、新聞の書評欄で見つけたのが本書である。大川小学校の悲劇でもっともひっかかるのは、児童たちが、地震が起きた後、校庭で50分も待機し、逃げたのは津波がくる1分前であったことである。なぜ、こんなことになったのか。本書の二人のジャーナリストは事実を、幸か不幸かその日はそこにいなかった校長、教育委員会、市長、遺族、土地の人々への取材で浮かびあがらそうとする。しかし、そこで遭遇したのは、無責任な校長、教育委員会、市長たちの姿である。(よくここまでいなおられるものだと思う場面も少なくない。)一番の鍵は、教師の中で唯一生き残ったA教諭だが、ショックのためか、ドクターストップがかかって、父兄へ一度書面で説明をしたあと表へ出てこない。しかも、その手紙と市教委の報告とは矛盾する内容になっているというのにである。大川小の悲劇はp283以下に、仮説として再現されているから、気の短い人はここをまず読めばいい。というのは、本書は聞き書きを中心に構成されているので、A教諭にしても、最初読んでいて、そんなにとりみだしているのは女性なのか(女性の方すみません)とか思ってしまったが、最後まで読むと「学年主任」までしている人である。つまり、全体を読まないと人物像がわからないようになっているのである。また、これだけの人が助からなかったのはなぜかという疑問に対しては、まだすっきりしないままだ。たとえば、子どもたちは、近所の山は、きのこの栽培もしていたのでよく登っているし、父兄もあの山があるから、学校は大丈夫だと思っているのにそこに登らせなかったのはなぜか。残った教師に聞いてみるという法はなかったのか。規則でしばる校長の資質を問題にしているが、それなら、日常、自由な思考、行動を制約されることがあったのか。もうすこし、つっこんで取材してもらいたかった気がする。

Posted byブクログ

2013/03/06
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

読んでいて辛かった。 寝る前に読む本じゃない。 内容は3.11の津波で宮城県の大川小学校で児童・教員を含めて80人近くが亡くなった惨事について。 学校管理下でこのような大人数の被害者を出したのは大川小学校だけらしい。 なぜこのような事態になったのかは詳しいことは分かっていない。 それは主に市教育委員会によるミスや責任逃れのための事実の隠蔽が原因で、読んでいて憤りとどうしようもない無力感で嫌になった。 本の前半はそのことについて、後半からは亡くなった子どもたち、遺族にフォーカスを当てていく構成になっていて、途中からものすごく悲しくなってきた。 ディズニーランドを楽しみにしていたとか泣いちゃうよ。 子どもたちの命は救えたとしか思えない。

Posted byブクログ

2012/11/18

先日東北沿岸部へ旅をした際、大川小学校に立ち寄ったのだが、小学校の建物と慰霊碑と近くにある裏山の他ごっそり何もなく、人々が暮らしていたことやこどもたちの遊ぶ姿があったことが想像できなかった。 なぜ全校生徒108名のうち74名もの命が失われたのか。未曾有の自然災害に際し仕方がなか...

先日東北沿岸部へ旅をした際、大川小学校に立ち寄ったのだが、小学校の建物と慰霊碑と近くにある裏山の他ごっそり何もなく、人々が暮らしていたことやこどもたちの遊ぶ姿があったことが想像できなかった。 なぜ全校生徒108名のうち74名もの命が失われたのか。未曾有の自然災害に際し仕方がなかったことだったのか。 本書を読み進めて行くと子どもたちや地域の人々がそのときどのように動いたのか、具体的で多様なその姿が生存者の証言から浮かんで来た。 それと比較して、石巻市の教育委員会が公式にまとめようとしている検証結果のあいまいさ、一貫したストーリーに無理矢理仕立てようとする意図を感じざるを得ず、驚いてしまう。 震災後を生きなければいけないそれぞれの事情から、そこに存在したはずのコミュニティが分解されていく。先日立ち寄った大川小付近の光景は、そのような荒野でもあったのかと思うと言葉が出ない。 危険を察知し、自身の経験や判断から裏山に逃げようと申し出た児童を制し、(教師が)校庭にとどまらせ(結果被災した)というのが真実であるならば、そんな学校や教育は世間に閉じた世界だと思わざるを得ない。 自分の子どもは籠の世界には送りたくはない。籠の中で何が守れ、生き延びる力を育てるというのか。 一方で大川小の先生方も命を守ることに一所懸命だったはずなのだ。だからこそ、真実の姿を再検証して無念を汲み取り、地域でも痛みを分担し合ってほしいと願う。 自分はこれから親になるにしてもなれないにしても、これから小さきものを守りながら生きる責任がある、と感じる。大川小を夫と歩いていたとき、地元の方に声をかけられた。遺族と間違われたようだ。決してあちらの世界の話ではないのだ。 震災関連の書籍、という枠を超えて、大事な子どもたちの命をどうやって守り、自立した大人に育てるかという観点で、多くの方に読んでもらいたい一冊である。

Posted byブクログ