ふしぎな「ふしぎなキリスト教」 の商品レビュー
高校の世界史の教科書を読めば解るレベルの間違いも多いのにも関わらず、キリスト教入門として紹介されることの多い「ふしぎなキリスト教」の批判書。著者はネットをきっかけに集まった人たちで立ち位置は様々であり、キリスト教徒でない人も居る。第一章と第五章だけでも興味があったら読んで欲しいと...
高校の世界史の教科書を読めば解るレベルの間違いも多いのにも関わらず、キリスト教入門として紹介されることの多い「ふしぎなキリスト教」の批判書。著者はネットをきっかけに集まった人たちで立ち位置は様々であり、キリスト教徒でない人も居る。第一章と第五章だけでも興味があったら読んで欲しいと思う。
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もちろん「ふしぎなキリスト教」が誤りの多い本である、ということは理解できた。 しかし問題は「新書の雑誌化」であり、なにか特別な理由で新書の陳腐化が進んでいることに対しても警鐘を鳴らしている。これはやはり「流行る本」がどんなものであるか、ということを糾弾していることでもある。編集者...
もちろん「ふしぎなキリスト教」が誤りの多い本である、ということは理解できた。 しかし問題は「新書の雑誌化」であり、なにか特別な理由で新書の陳腐化が進んでいることに対しても警鐘を鳴らしている。これはやはり「流行る本」がどんなものであるか、ということを糾弾していることでもある。編集者も裏を取らずに出版にこぎつけるというのも、なんとも質の低下が顕著である。 内容としては分かったが、冗長だと思わされることもあった。ただ「ふしぎなキリスト教」の流れに乗り、ただ批判をするという内容。 「ふしぎなキリスト教」の流れか、あるいは「聖書」のどちらを軸として論を進めるかであるが、個人的にはやはりまずか「旧約聖書」と「新約聖書」を大別して批判すべきであるし、これでは逆に「ふしぎなキリスト教の注釈」に留まってしまうであろう。本当にキリスト教を普及させたいのであれば、「旧約聖書」「新約聖書」である。 例えば「ふしぎなキリスト教を乗り越えて」のような、新たな「キリスト教入門書」を期待したい。自費出版ということもあり大変では合ったのだろうが、批判だけでは何も生まれない。
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