聴くということ の商品レビュー
エーリッヒ・フロムの遺稿である講演集。 他の書物と違い、学術的に哲学や精神世界を論じるのではなく、精神科医として後進の医師達に向けたアドバイスや議論が主となっている。 よって内容はより臨床的だけど、その中にはフロムが考えている哲学や精神構造の根底が垣間見える。 なるほどと思っ...
エーリッヒ・フロムの遺稿である講演集。 他の書物と違い、学術的に哲学や精神世界を論じるのではなく、精神科医として後進の医師達に向けたアドバイスや議論が主となっている。 よって内容はより臨床的だけど、その中にはフロムが考えている哲学や精神構造の根底が垣間見える。 なるほどと思ったこと。 ・患者にバイオフィリアが見られれば楽観視し、ネクロフィリアが見られれば悲観視する。 ・苦しいのか幸せなのか分からないで、朦朧とした足取りで暗いところを歩くよりは、どん底に立っていると明らかにわかっている方が明らかに良い。 ・「やってけない」という言葉は端的に言って真実ではない。 ・我が事のように体験するという事がないのなら、理解することもない。 ・この世界に投げ込まれ、望んでもなければ、なじんでいたわけでもない場所に置かれ、自分の道を切り開くために四苦八苦している、そうやって生きてる実体として見ることが出来れば、その人生は大変興味深く思えてくるでしょう。 ・幼児期の体験は、患者が気づいていない何かを、今この場で味わわせ、特定してくれる。 ・彼らは人間なら可能なはずの発達の上限に至るための適切な条件に恵まれないのです。 ・まったくの一般論として、人間は今以上に成長するか、それとも死に絶えゆくかのどちらかです。 ・最初はまだたくさんの自由があったのに、この自由を、彼は徐々に、徐々にと失っていきました。そしてとうとう、それは実質的に消え去ってしまったのです。 ・すべての人間関係において重要なことは、何よりも2人のパートナーの相対的に自由かつ気の許せる力関係だ。 ・すべては私の中にあります。私は幼児であり、私は大人です。私は殺人者であり、私は聖人です。私はナルシストであり、かつ私は破壊的な人間です。 ・私は神ではないので、ある人が絶望的であるか否か明確にわかる方法などありません。 ・なぜほとんどの人が人生に失敗するかと問われたら、私はその理由は、決定的な瞬間がいつ来るか決してわからないからと考える。 ・二度とやらないのでなく、1,2週間辞めてみたらどうなるか見てみよう。 ・人が次の一歩を踏み出してこれまでとは異なる行動をとるときに体験する事、特に抵抗を探索する必要がある。 ・唯一の関心が自分自身であるなら、その人は自分自身の力で、強く喜びに満ちた方法で生きることはできない。生産的かつ興味のあるやり方で周囲の世界とつながって初めて、地に足をつけて生きることができる。 ・人間の不条理な数々の反応は、大体においてナルシシズム的な現象に基づく。 他の書物より読みやすいが示唆に富む大変良い本だった。
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人との向き合い方、自分の見つめ方、フロイトの説に対する反論と心の構造についての展開。現在のコーチングやリーダーシップなどについての考え方のベースになっていると思われれる。 安易なトラウマ、毒親論を一刀両断。 人の心は、バイオフィリアとネクロフィリアという生へ向かう心と死へ向かう心が相克しているという。そして、このネクロフィリアを抑え、バイオフィリアの力を引き出していくのが心理的治療だという。聞く技術というのは、カウンセリングのアクティブリスニングの技法ではなく、見えないものに耳をすますことであるという。 親の愛はこれまで発明された中でもっとも偉大なフィクションの一つ。 その人が自由だと言えるのは、親の過ちを証明する必要もなければ、親の正しさを証明する必要もなくなったときです。 フロムからの人がよく生きるための提言は以下。 自分自身の行動を変えること 世界に関心を広げること 批判的思考 自分を知り自らの無意識に気づくこと 自分の身体に気づくこと 集中し瞑想すること 自分自身のナルシシズムを発見すること
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フロムはセラピスト・社会心理学者・哲学者で、フロイトに影響を受けながら、精神分析の方法に社会学の視点をとり入れた・・・と、まあゴチャゴチャ書きましたが、要するに「私ってナニ?」という壁にぶちあたった時、琴線に触れる1冊なのです!! 琉球大学:点ちゃん
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