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モノから情報へ の商品レビュー

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2015/12/27

 神のお告げが証拠として有効であった時代に物と心をデカルトが分けて以来、少なくとも論証的に考えれれること。始まりが正しければ、必ず正しい事が導かれる。だからそのように正しい事を積み重ねて考えさえしてれば良かった。これが科学技術を飛躍的に発展進歩させてきたことは周知の事とである。 ...

 神のお告げが証拠として有効であった時代に物と心をデカルトが分けて以来、少なくとも論証的に考えれれること。始まりが正しければ、必ず正しい事が導かれる。だからそのように正しい事を積み重ねて考えさえしてれば良かった。これが科学技術を飛躍的に発展進歩させてきたことは周知の事とである。  利便性の追求や効率化の推進は目的のためにそれとは関係ない事を論理的に排除して、機能的にシェイプアップさせて行くことである。また選択の余地をどんどん限定してピンポイントで目的が達成できさえすればよかったのである。  排除と制限によって「モノ」の世界はうまく回ってきたのだ。  ところが、積みかさなた論理は高くなればなるほど伸び代は小さくなってゆくのは想像にやさしい。ルールが複雑化、硬直化すれば、環境の変化が逆に非効率を増加させることになる。そのような状況の中ではこれまで通りの論理の積み重ねではブレークスルーを生まないだろう。それが社会にモノは十分に行き渡ったのだけれども、発展性が見込めないと言う閉塞間が免れない現在の状況を示している。  本書はデカルトが排除した心、それは言葉でもあるが、ここでは「情報」と言い換えて、「モノ」から「情報」へ見方を変えたときどのような世界が広がるのかを非常に平易な言葉で解説してくれている。誰しも考えればそうだと思えることをあまりに平易な言葉で表現されているので、ともすると問題意識化できないまま右から左に流されてしまう恐れが多分にあるのではないかと思う。  進歩成長するために、わからない事は横に置いて、わかる事だけからはじめてきた。それはある程度極めることができたが、限界も見えてきた。そこでこれまで横に置いたものを使わざるを得なくなってきた。それが「情報」であり「言葉」であり「心」の領域である。本書は情報を通して科学から心へのアプローチの見取り図を提示しながら、その社会をどう受け止めて行けばよいかという処方箋である。  自分の考えの正当化も含めて色々本を読んできたが、本書はそこで行き着いた情報社会のイメージをことごとく的確に表現してくれている。絶賛したい。

Posted byブクログ