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東日本大震災石巻災害医療の全記録 の商品レビュー

4.3

40件のお客様レビュー

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2013/04/01
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

震災が発生してからその半年後にチームを解散するまで、 石巻圏合同救護チームを率いた石巻の日石の石井先生が 当時を思い出して書かれた本です。 著者は震災1カ月前、宮城県の災害医療コーディネーターに就任。 その直後に発災。石巻の日赤は拠点病院としては唯一石巻圏で 被災していない病院だったので、即時臨戦態勢へ。 全国から派遣されてくる3633チーム、1万5000人をとりまとめ、 避難所に派遣し、被災者5万人超の診察にこぎつけました。 時には機能停止している石巻市に代わって医療以外の分野まで サポートしながら活動を行い、半年後の9月に活動終了。 震災が起きてからのことだけではなく、 いつか来ると言われていた三陸沖の地震に備えて、 それまで日赤や自治体、警察、自衛隊とどう連携を結んだか、 人脈を繋げることによって民間企業とも自主協定を結んでいたことなど、 日ごろの取り組みについても細かく記されています。 実際に現場でどういう問題が起き、どう解決していったのか、 なども細かく書かれているので、全体を見渡す上で大変タメになります。 私のような小さなボランティア団体を率いていた人間でも 同じような経験をしたり、深く共感できたところがあります。 こういう大規模災害の救援に携わる立場の人、 とくにコーディネートの仕事をする人や、企業、役場、NPOの担当者、 医療従事者、ボランティアのリーダーなど、 各立場の取りまとめをする人には、この本は必読の書だと思います。

Posted byブクログ

2013/02/22

 東日本大震災において莫大な被害を被った石巻にある石巻赤十字病院の、震災時の出来事と対応をまとめた本。「災害医療コーディネーター」による緊急時のマネジメントが、当時の状況と統計によって淡々と語られている。たった数ヶ月の間にこれほどの事が起きた中で、よく記憶することができたなと思う...

 東日本大震災において莫大な被害を被った石巻にある石巻赤十字病院の、震災時の出来事と対応をまとめた本。「災害医療コーディネーター」による緊急時のマネジメントが、当時の状況と統計によって淡々と語られている。たった数ヶ月の間にこれほどの事が起きた中で、よく記憶することができたなと思うばかりである。  私は当時ボランティアとして災害支援をしたが、5月中頃であったため医療業界は何をしていたを直接見ていたわけではない。ただ、目の前でクギが刺さって破傷風トキソイドの感染の恐れがある友人に対して、ストックもそうないはずの予防薬をすぐに打ってくれた医療人に対しては本当に感謝しきれなく、また多くの人の命を救ったのだと思う。  震災において自分には何ができるか。本書によると各々の分野に捉われず、情報収集を行いながら臨機応変に動く事であるという。震災からもうすぐ2年が経ついま、当時の対応を再評価し、次の大震災について備えるにはどうするかを考えさせられる本だった。

Posted byブクログ

2013/02/10

先日、執筆者の石井先生にお目にかかる機会があり、本著を手にとった。避難所のアセスメントシート、災害医療コーディネーター、エリアとラインの設定など、とても重要なことだと感じる。また先生がおっしゃっていた被災地での通信の重要性も具体的な内容で記述されている。今後の災害に備える上でぜひ...

先日、執筆者の石井先生にお目にかかる機会があり、本著を手にとった。避難所のアセスメントシート、災害医療コーディネーター、エリアとラインの設定など、とても重要なことだと感じる。また先生がおっしゃっていた被災地での通信の重要性も具体的な内容で記述されている。今後の災害に備える上でぜひご一読をお勧めしたい。良書。

Posted byブクログ

2013/01/18

以前『石巻赤十字病院の100日間』を読んだ時、震災一ヶ月を過ぎたあたりからの記載が薄いのでそれが残念と書いたんですが、この本はさすがに震災から半年後ぐらいまでの情報が記録されていて、その辺の不満はあまり感じませんでした。 著者であり外科医であり災害対応の責任者であった石井氏がどの...

以前『石巻赤十字病院の100日間』を読んだ時、震災一ヶ月を過ぎたあたりからの記載が薄いのでそれが残念と書いたんですが、この本はさすがに震災から半年後ぐらいまでの情報が記録されていて、その辺の不満はあまり感じませんでした。 著者であり外科医であり災害対応の責任者であった石井氏がどのように対応したのか、そして来るべき災害に対応するために自治体などとどのような関係を構築していたのか、かなり詳細に書かれています。 外部から支援に駆けつけてきた医療チームのメンバーが「放射線量が分からない限りは何があっても動かない」と言ったことに対して、内心で「自分の身がそこまで大事なら帰れ」と感じたということ、とある学校に集まっていたボランティアが酒盛りをしていたのを目撃して「それ以来、しばらくはボランティアを不信の目で見ていた」ということなど、著者の率直な見解やその当時に感じていたことなどが包み隠さず書かれている点にも好感を持ちました。というか、1995年の阪神の時のようにボランティアが成熟していなかった時代ならまだしも、いまだに被災地で羽目をはずすボランティアがいたという事実には、なんかガッカリしましたがそれも事実として記録に残っておくべきなんでしょう。 最後に著者が書いていた一文を抜粋。 「考えを実現するには行動が必要。そもそも論、べき論は現場では邪魔になるだけ。」

Posted byブクログ

2012/11/13

この先生、本当にすごい。 人間としてすごいと思った。 心に残るエピソードがたくさんあった。 そして、被災された石巻の人たちも、冷静さを失わず、忍耐強くいて、人間として素晴らしいと思った。 被災者の方たちが今もなお復興の過程にいることを忘れてはならないと思った。

Posted byブクログ

2012/10/19

東日本大震災後に、はからずも時の人になった石巻赤十字病院の石井先生の著作。先生がノートに書きとめた重要な記録が元になったようで、必ず今後の参考になると思われた。 この本を読んで初めて知ったことは、先生には災害医療コーディネーターなどのバックボーンがあったこと。単に一介の外科医が獅...

東日本大震災後に、はからずも時の人になった石巻赤十字病院の石井先生の著作。先生がノートに書きとめた重要な記録が元になったようで、必ず今後の参考になると思われた。 この本を読んで初めて知ったことは、先生には災害医療コーディネーターなどのバックボーンがあったこと。単に一介の外科医が獅子奮迅、八面六臂の活躍をしたと思い込んでいたが、そのようなバックボーンのもと、先生が築きあげたネットワークをフルに活用し、また新たなネットワークを手繰り寄せ、協力を得たことによって先生の洞察力と行動力がいかんなく発揮されたことを知った。先生の英断は、医療だけにとどまらない支援をしたことだと思った。N95マスクのことなどいくつか気になる点はあったが、今後の災害医療において参考になる記述が多々あると感じた。個人的に実家が被災地なので、そういう面からも非常にリアルな記録に感じ、少しウルウルきた部分もあった。

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2012/10/09

 表紙の帯に石井先生の大きな写真があって、正直前から気になっていた本だったが、抵抗感があった。  読んでみたら、写真そのものの意思の強い石井先生の獅子奮迅の記録。  しかし、その中でも災害法制に役立つ記述あり。 (1)DMATは当初48時間の緊急医療を対象にしていたが、今回...

 表紙の帯に石井先生の大きな写真があって、正直前から気になっていた本だったが、抵抗感があった。  読んでみたら、写真そのものの意思の強い石井先生の獅子奮迅の記録。  しかし、その中でも災害法制に役立つ記述あり。 (1)DMATは当初48時間の緊急医療を対象にしていたが、今回は、津波で死亡した人が多く、生き残った人には長期的な医療支援が必要だった。(p233) (2)イオンが仙南交通と連携して、無料医療支援バスの運行を行った。(p216)  開業医への足とある貴重な貢献。民間企業の貢献に頭が下がる。 (3)石巻市は、佐川急便にお願いして、救援物資の仕分けを行った。(p157)  ドコモが基地局を病院近くにつくったり、グーグルが検索システムをつくったり、民間の貢献が大きかった。このネットワークを事前に国レベルでもつくりたい。

Posted byブクログ

2012/08/25
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

東日本大震災で最も被害が大きかった石巻市だが、医療施設は赤十字病院を除いて壊滅状態となった。石巻赤十字病院自体が災害拠点病院だったということもあり、災害医療の中心として対応を進めた。この著書はその災害医療組織全体を統括したリーダーである。 内容は災害医療なのだが、これは組織に関わる全てのリーダーが読むべき内容に満ちている。活動方針とコンセプトの共有、避難場所のアセスメントによる優先順位付け、エリア分けと地域毎のチーム編成による組織編成、課題と解決への迅速な対応(フィードバック)、行政や民間企業との要請と交渉・・・・。これらが恐るべきスピードで進んでいく。著者は立場上、災害医療コーディネータではあるが、専門は外科医である。それがここまでマネジメントするのは驚異的ですらある。 このマネジメントの難しさはマネジメントをしたことがある人にしか想像できないかもしれない。人数は数百人。しかも別の地域や病院から派遣されたメンバーも多いので、文化も違う(事実、その問題は発生した)それを統制できたのは目的と活動方針、コンセプトを常に共有したことが最も大きいのだろう。まさにマネジメントの本質を突いている。 また、このスピード感を持てたのは、外科手術ではどんなに準備しても想定外な事は発生するので臨機応変に瞬時に対応が必要なので慣れっこだったとある・・・・。そうなのだろう。だがそれだけではなく土台がいるはずである。その土台を創るきっかけはDMAT(急性期に対応する医療派遣チーム)の組織力を岩手宮城の地震の時にみせつけられ、圧倒されたことではないかと思う。ここで著者は組織マネジメントの学習と訓練を重視したのではないかと思う。 文章自体も過度に熱いものではないが、感情的な言葉も点在しており当時の苛立ちを感じる部分もあるが、それを鉄の意志でおさえて判断、もしくは苛立ちを引きずり誤った判断をしたところもあるように思う。だが、その部分を著者はきっちりと書いている。(具体的にはボランティアについてだ。震災発生2週間の時期でボランティアが集まったが、彼らが酒盛りをしているところをみてしまったのだ。当時、石巻では5~7万人の食事が不足している、あったとしてもおにぎり1個という状況だ。ここで著者は「ボランティアが怪我をしても消極的対応をするように」というややクレイジーな指示を内部に行っていた。だが、その後、ボランティアが必死に対応する姿をみて、全てのボランティアがそうではないと認識し、その指示を撤回する経緯を記載している。この部分は著者にとっては隠したい部分でもあるかと思うが、ページを割いて記載しているのだ) そして驚きなのは、この状況下でデータ収集を非常に重点を置いて行っているという点である。これは対応の優先順位を把握するだけを目的としていない。次の災害に繋げるためのデータを残すという意思があってのことだ。振り返れば「やっておけば良かった」と思えることを「やっている」のである。この状況下で先=将来(次の震災)をみていたのだ。 最後の解説で「誰もが石井正になれるわけではない」と何度も繰り返しているのが、この著者の凄さを如実に表しているのではないだろうか。。 これを読む前に「石巻赤十字病院の100日」を読んでいたので、ある程度の情報を知っていたのだが、この著書はそこでの決断に至る経緯や視点が加わっている。内容も一部重複だが視点が異なっているので、まだよんでいない人はこちらも読んだ方が良いと思う。どちらもまだ読んでいない人 は「石巻赤十字病院の100日」を読んでから、この著書を読むことを強く推奨する

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2012/05/27

石巻赤十字病院の外科部長・医療社会事業部長である著者が、宮城県より災害医療コーディネーターを委嘱された直後に東日本大震災を経験し、石巻医療圏の医療崩壊を救うべく奮闘した7ヶ月間の記録である。東日本大震災の史上類を見ない被害状況を客観的に描きながら、約1万5000人にも上る医療救護...

石巻赤十字病院の外科部長・医療社会事業部長である著者が、宮城県より災害医療コーディネーターを委嘱された直後に東日本大震災を経験し、石巻医療圏の医療崩壊を救うべく奮闘した7ヶ月間の記録である。東日本大震災の史上類を見ない被害状況を客観的に描きながら、約1万5000人にも上る医療救護チームを率いた様子を著している。著者は、自身を「調整官」と評しているが、「人の命を救う」、「医療崩壊を防ぐ」という目標に向かっての強いリーダーシップと熱意には脱帽した。「これは官(あるいは民)の仕事だ」と線引きをしようとする人がいる中、著者は線引きなどせず、「誰であればその役割を全うできるか」を常に意識しながら行動していたように思う。著者のその熱意と、そして未曽有の大災害を前に、医師や行政、民間企業、ボランティアなどの多くの人たちが自分たちの役割を超えた活動をし、その結果、石巻医療圏の医療崩壊は防がれたわけである。災害対策と同時に、自分の仕事に対する姿勢を見つめ直す作品であった。

Posted byブクログ

2012/05/17

支援等々があまりにも石巻赤十字に偏っていたと言う人もいるが、ここが拠点になったのは平時からそれだけの備えをしていたからこそだということが分かる。 真っ暗闇の市内、その中に浮かび上がる石巻赤十字の建物が思い起こされた。

Posted byブクログ