高品質日本の起源 の商品レビュー
経済学教授による日本の製造業、特に明治期からの繊維産業の品質論と労働組合論。存在する多くの資料と各種研究成果をつぶさに分析し、きわめて学術的かつ論理的に論述している。「妥協はいっさいしない」、あるいは「思い込みによる結論の導出をとことん排除する」といった姿勢がひしひしと感じられ、...
経済学教授による日本の製造業、特に明治期からの繊維産業の品質論と労働組合論。存在する多くの資料と各種研究成果をつぶさに分析し、きわめて学術的かつ論理的に論述している。「妥協はいっさいしない」、あるいは「思い込みによる結論の導出をとことん排除する」といった姿勢がひしひしと感じられ、研究に厳しい態度で臨んでいることがよくわかる。そのため、記述は正確、公正であるが、結果として結論がはっきりしない点もあるのは致し方あるまい。明治期の日本の繊維産業は、低賃金を武器に低品質の製品によって英を駆逐したのではなく、主軸製品で真っ向から品質勝負をし、そしてじりじりと追い抜いたことがよくわかった。 「(明治期の日本の繊維産業が英国を抜いたことについて)日本は低品質のものを低賃金で製造し海外に輸出していたわけではない。日、英、米、伊、蘭、ベルギー、印の20、30、40、60、80番手の綿糸の検査結果比較で、日本の綿糸はどの番手でもトップ、あるいは他とならんでトップである」p51 「技能のない若年女性労働者をただ酷使して英を表面上追い抜いたにすぎない、という根深い先入主がある」p53 「日本は英とその主軸製品で真っ向から競争し、そしてじりじりと追い抜いた」p60 「(団体能率給(定期昇給)制度について)日本では(ブルーカラーにも)配分基準となる本給に成績査定が入っているのに対し、欧米にはあまり入っていない。もちろん、あくまでブルーカラーの場合であり、ホワイトカラーは欧米でも査定が入るのが普通である」p87 「女工に育児手当がある。1906年現在、満3歳になるまで、男児2円50銭、女児2円を毎月払う。男児と女児で差をつけたわけはわからない」p109 「離職率は、鐘紡ですら、1902年8月、月間12%であった。年間に引き直せば実に140%を超える。それが従業員数1万7000の、しかも優良大企業の状況であったのだ。現今の20歳代前半女性労働者の離職率は3割ほどにすぎない。いかに当時の紡績大企業が高い離職率に悩まされていたことか」p109 「(導き出される仮説)製品の品質が世界一流となるには、世界市場での競争にのりだし苦闘することこそが必須ではあるまいか」p121 「(長崎造船所)明治政府が引き継ぎ、1887年三菱に移管され民営となった。ふつう「民間払い下げ」といい、それゆえ例外的に好条件の企業とみられやすい。だが実際は、政府が赤字の国営企業をなんとかして民間に払い下げ、民間がその努力で黒字にした、とみるほうが資料にあっている」p148 「英19世紀の代表的な工場熟練労働者、機械工の平均死亡年齢は1870年代36~37歳」p152 「差別に強く反対するがゆえに、英の機械工は時間給制をとりながら定期昇給をいれなかった。すなわち事実上、中長期の技能向上を断念したことになりはしないか」p179 「かつてのユーゴスラビアは国内では事実上解雇を行わない方式をとっていたが、それゆえに生産性の低い企業も生き残り、その結果国際競争に敗れ、多くの失業者を抱えざるを得なかった」p199 「つよい組合ほど解雇反対闘争をしない」p213 「欧米のつよい組合ほど解雇反対のストライキをおこなわない。解雇の条件、再雇用の条件などはしっかり交渉するが、解雇反対そのものを目的としたストライキは打たない。ストライキは、経験の浅い組合がいわば玉砕覚悟で打つにとどまる」p227 「戦前日本の社会保障は極めて乏しかった、といわれてきた。たしかに西欧よりやや遅れていたが、今の米ほど遅れていたわけではない」p264 「自国の過小評価、欧米の過大評価については、それは当時の日本知識人に共通するもの」p339 「(上司による部下評価について)恣意性やレフリーの個人の癖をなくすことは難しい。だからといってレフリー抜きでサッカーの試合ができないように、査定を抜きにしては適正に応じた選抜ができず、品質、国際競争力は下がる」p358
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よくわからない本である。製造業の国際競争力を取り上げた本と思い、本書を手にとってみたが、何を言いたいのかがはっきりしないように思える。 著者は膨大な古い文献を調査していることはわかる。「綿紡績業」については1950年代にまでさかのぼって国際的なデータまで駆使して考察を重ねてい...
よくわからない本である。製造業の国際競争力を取り上げた本と思い、本書を手にとってみたが、何を言いたいのかがはっきりしないように思える。 著者は膨大な古い文献を調査していることはわかる。「綿紡績業」については1950年代にまでさかのぼって国際的なデータまで駆使して考察を重ねている。 その具体的生産現場の実態調査は、それ自体が当時の「産業文化史」がわかるような優れたものであるとは思うが、その結論が「高品質日本の起源」に繋がるようにはとても思えない。 また「鐘紡の武藤山治」についての考察や、「戦前昭和期の労働組合」についての考察、当時の労働組合の「共済活動」や「争議のメカニズム」、「代表的な大争議」の研究は、イデオロギー的視点からの感情的とも言える評価とは違った冷静なリアリズムをもった独特な考察である。 その点は高く評価できるが、この研究の結果が日本の製造業の高品質とどう関係するのかはよくわからないと思えた。 著者は「終章 国際競争力の源泉」として、「日本の職場の優位性」を語っているが、終章までの膨大な研究内容とその結論がスッキリ結びついているようにはとても思えない。 本書は、むしろ「日本製造業の産業文化史」として編集し直したほうが良かったのではないか。
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