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危機の大学 の商品レビュー

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2012/01/01

本書の討議で5人の論者による「大学はいかに可能か」という主題で議論が開始される。高等教育と今回の原発事故の関係を論じた記事は、これまで存在していたとしても、読む機会が無かったので私にとってとても貴重だ。昨年4月の34学会会長声明は、なんとなく読み過ごしていて、本書で指摘されるまで...

本書の討議で5人の論者による「大学はいかに可能か」という主題で議論が開始される。高等教育と今回の原発事故の関係を論じた記事は、これまで存在していたとしても、読む機会が無かったので私にとってとても貴重だ。昨年4月の34学会会長声明は、なんとなく読み過ごしていて、本書で指摘されるまで違和感を持つことができなかった。この辺りの感覚を養っていきたい。 否応もなく今の高等教育の業界は価値観を変えることを余儀なくされているところだが、本書では一つの考え方として、ドイツの生命倫理と環境政策、そして市民的公共性の有効性を挙げている。石田は、教育について公益性・公益概念を育むことが重要とし、全体主義でも個人主義でもない、バランスのとれた「内発的で自然な公益性を育むこと」がその目的と述べている。この内発的で自然な公益性は、極めて重要なキーワードで、大学が提供する教養教育の核の1つとなると私は解したい。 近年、科学と社会、科学リテラシー、科学技術コミュニケーションといったことが話題になることが多い。私自身もなんとなくサイエンス・カフェやアウトリーチ活動等を積み重ねさえすれば、それらを果たしたことになると思っていた。しかし、本書で塚原は「めくるめくような科学の成果と技術的展開のなかで、どこかで科学技術と社会の関係をまともに考え、民主的な科学技術政策を選択するための知と洞察を構築しなくてはいけない。これに従前に応答するためには、表層での「御用学者」の断罪に終始することや、レッテル貼りをすることだけではなく、より本質的なレベルで、科学技術と社会の在り方を問うことが必要だろう。」(99頁)と述べている。また木原も同様に122頁で、市民の科学リテラシーを指摘している。一朝一夕で科学と現実社会を見渡せる力はつかないから、やはり教養教育における科学リテラシーの喚起は、必須の分野とすべきなのだろう。 ・・・・ 米国だけでなくヨーロッパの動向も比較しながら、科学技術政策の一端を担う大学は行動する必要があるのではないか。

Posted byブクログ