なぜ意志の力はあてにならないのか の商品レビュー
自らを弁えることが自分を制するのかな? 自分の意志力を信用せず、環境から自分の欲求を妨害する 「プリコミットメント」「遺伝×環境」
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わたしたちはなぜ自ら下した決意を守れず先延ばしにしてしまうのか。 この問題を考えるにはだいたい三つのアプローチがあって、それは、まず「資本主義社会というものは人々の欲望を刺激し誘惑をし続ける世界である」という社会学的な考察、それから古代ギリシアの自律の美徳に始まる哲学的な考察、...
わたしたちはなぜ自ら下した決意を守れず先延ばしにしてしまうのか。 この問題を考えるにはだいたい三つのアプローチがあって、それは、まず「資本主義社会というものは人々の欲望を刺激し誘惑をし続ける世界である」という社会学的な考察、それから古代ギリシアの自律の美徳に始まる哲学的な考察、そして「人間は直近の報酬を極大に評価するものである」という経済学・認知心理学的な考察というふうに言えるものと思う。それぞれにいろいろな本が出ているとは思うけれども、本書はそれら三つのアプローチを自由に横断する、先延ばし論考の決定版ガイドといった体をなしている。 意志薄弱や先延ばしというのは考えてみれば自律の理想が裏切られる瞬間であるわけで、理性や自由意志といったことを考えてきたギリシア以来の西洋哲学にとってはつねにまとわりついてくる、避けることのできない身近な課題だったといえる。 それでアメリカの人々は、浪費と放蕩に邁進しつつも、同時にわれわれはこんなにも堕落してしまいそしてそれを止めることができないでいるという、嘆きにも似た自省が共存する屈折した倦怠感にとらわれている(そしてその跡を日本は忠実に辿っている)。GTDやらライフハックやら、即物的な自己統御ノウハウが生まれるのも、あるいはこうした精神史に由来しているのではないだろうか。そして私はやると決めた作業を先延ばしにしていまこのレビューを書いている。なんとかしたいよほんと。
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「人生とは、当人が書くつもりだった物語とは違った物語が綴られる日記である。(ジェームズ・バリ)」 やれば出来るとか、そういう問題じゃない。 やるときの環境とかそういうものにも左右される。 そういう己を知って、そして達成に向けてどう思考と行動を整えるか。 何かができることは、簡単ではないことを、この本で知った上で生きるべきなのだろう。
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長かった。 意志の力は信用できないので、環境や状況を利用して飼いならさないとダメってことだな。事実や結論が凡庸でも改めてこれでもかと実例を挙げて説明されると説得されるし、実践時にも効果的だと思う。
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何故、意思の力はあてにならないのか? 人間の内面には誰しも「衝動的な自分」と「規制重視の自分」が存在する。現代のインターネット社会において、いつでも欲しい情報やモノ、衣食住はもちろん恋人や結婚相手さえもその気になれば手に入る環境となった。そんな世の中で私たちは日々、様々な誘惑にさ...
何故、意思の力はあてにならないのか? 人間の内面には誰しも「衝動的な自分」と「規制重視の自分」が存在する。現代のインターネット社会において、いつでも欲しい情報やモノ、衣食住はもちろん恋人や結婚相手さえもその気になれば手に入る環境となった。そんな世の中で私たちは日々、様々な誘惑にさらされながら、衝動的な自分を自己規制することで社会に適応している。 本書は、この自己コントロールが相反する両者のバランスを取ることだと論じている。 自己コントロール力は筋力のように時間をかければ鍛えられるが、放っておくと消耗して誘惑に弱くなる。有用な活動は自動化・習慣化し、誘惑を未然に回避する環境を整え自己評価を高める。明るい未来に思いを馳せ、自らが主導権を発揮して過ごしたい。
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やっと読み終わった・・・。 著者はアメリカのエッセイストだそうですが、本当に古典から政治・経済におよび、哲学やらなにやらかにやら、知識の広さに驚きます。。。 自分というのは何か?人間には自由意思はあるのか?自己コントロールとはなにか?自己コントロールできないとどうなるのか?という...
やっと読み終わった・・・。 著者はアメリカのエッセイストだそうですが、本当に古典から政治・経済におよび、哲学やらなにやらかにやら、知識の広さに驚きます。。。 自分というのは何か?人間には自由意思はあるのか?自己コントロールとはなにか?自己コントロールできないとどうなるのか?という話。 過激な話も書いてあります。例えば、自己コントロールの欠如による、犯罪やアルコール依存症や肥満や離婚などなどは、ある程度遺伝する、とか。 人生に成功できるどうかは、IQの高さよりも自己コントロール能力の高さの方が重要、だそうで。。。4歳児に、マシュマロを見せ、自分が戻ってくるまで食べないでいられたら2つあげる、と言っておいて、どのぐらい我慢できるか見る実験。好成績を収めた子供の方が、将来も面倒を起こしたりせず、良い大学へ行ったりする傾向が高いと。 そう考えると、小学校の体育の軍隊みたいなのも一定の価値があるのかもしれないですね。。。
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意志の弱さと煩悩に悩まされるのが人間の宿命なのか。誰にでもつい買ってしまうものがあると思う。モクモク羊の場合は、書籍だ。とは言っても高価な本ではなく、ブックオフで安売りしていたり、紀伊国屋書店などで洋書のバーゲンセールをやっている時に買う予定はなかったのについ買ってしまう。また部屋日本が増えると思いつつも読みたいなあと思うからだ。 現代に生きていれば、インターネット、ジャンクフードなどが手招きをしておいでおいでと呼んでいるそんな誘惑にあふれている。読んでいくといかに昔から人間は、誘惑に弱い存在なのかが良く分かる。 どうすれば、自己コントロールができるかといえば、著者は一つの提案として環境を整備することだと述べている。身の回りにある誘惑物、例えば、テレビ、ゲーム、本、雑誌、お菓子などを仕事をするなら遠ざけて集中するようにする。書店で片付けをすると人生がスッキリするなどと言ういわゆる片づけ本が流行る訳だ。 事故コントロールできない原因の一つに先延ばしがある。スティーブ・ジョブズのように今日が人生最期の日ならどうするか。今やるべきことをするといったことを実行できれば言うことはない。モクモク羊のような人は、直前にならないとする気が起こらない症状が出る。目的を達成したら何か小さなものでもいいので自分にご褒美を与えるくらいでしか解消できそうにないかな。
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オデュッセイアと二コマコス倫理学を読みたくなる。 意志の力は当てにならないことは歴史上さんざん証明されている。誘惑の多い現代ではなおさらである。誘惑に引き込まれないよう自分を縛り付ける仕組みが必要。 と筆者は言う。納得だなぁ…。 ***** 自己コントロールの問題ではスピー...
オデュッセイアと二コマコス倫理学を読みたくなる。 意志の力は当てにならないことは歴史上さんざん証明されている。誘惑の多い現代ではなおさらである。誘惑に引き込まれないよう自分を縛り付ける仕組みが必要。 と筆者は言う。納得だなぁ…。 ***** 自己コントロールの問題ではスピードが決め手になる。だから、わずかな手間や面倒が生命を救う可能性があるのだ。p50 頭のいいオデュッセウスは長い悪夢のようなトロイア戦争から船で故郷へ戻る途中、自分を帆柱に縛りつけろと命じた上、部下たちの耳を塞がせた。こうしてオデュッセウスは死に誘う魅惑的なセイレーンの歌を聞いても、海中に飛び込まないで済んだ。我らが英雄は予想できる、そして致命的な、自分の欲求から自分を護る手段を事前に講じ、それによって自分の意志の強さを示した。もっと自己認識の甘い人間なら自分の意志の強さを信じたかもしれない。だがオデュッセウスは誰でも誘惑に弱い事を知っていた。だからこそ彼は自制心の歴史の中では重要人物なのだ。オデュッセウスとセイレーンの出会いの物語に意味があるのは、オデュッセウスが使った策が今でも誘惑から身を守るための究極の手段だからである(プリコミットメント)。p55 ホメロスは二大叙事詩のテーマとして欲望と自己規制を選んでいた。イーリアスとオデュッセイアを貫いて流れているのは、人間は弱いものであり、戦いの場でどれだけ強い戦士であろうが、それは変わらないという認識だ。p122 アリストテレスによれば、人が我を失って理性に反した行動を取る理由は、大きく二つ、『喜び』と『怒り』だと言う。p253 何より大事なのは、私たちは、自分の最善の意図を守り切れないと自覚しなければならないことだ。p343 自己コントロールと意思決定は、どうやら同じ謎のエネルギーソースを使用しているらしい。だから、現代人は様々な選択肢に直面しているせいで、自己コントロール力が消耗した状態にあるといえる。p346 以上
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テレビでスタイル抜群の美女がインタビューを受けているとする。満を持して、司会者がお約束の質問を繰り出す。「その抜群のプロポーションを保つ秘訣は、何ですか?」「え~、本当に何もしてないです。好きなものを好きなだけ食べているだけなんで。」 よく見る光景である。しかし、これほど罪つく...
テレビでスタイル抜群の美女がインタビューを受けているとする。満を持して、司会者がお約束の質問を繰り出す。「その抜群のプロポーションを保つ秘訣は、何ですか?」「え~、本当に何もしてないです。好きなものを好きなだけ食べているだけなんで。」 よく見る光景である。しかし、これほど罪つくりな言葉もない。当人は、本当に好きなものを好きな時に食べているだけかもしれないが、デフォルトで設定されているであろう上限の説明が、一切省かれてしまっている。「好きなだけ」の目盛りは、人それぞれ違う。それなのに世の多くの人はこの発言を、自己コントロールによるストレスこそ悪なのだと勘違いしてしまうのだ。 人間には、誰にだって欲求がある。もちろんその中には良い欲求、悪い欲求の双方が含まれる。しかし、抑えなければならない欲求があるからこそ、自己コントロールという概念が存在する。本書は、そんな「自己コントロール」をテーマにした一冊。副題は「自己コントロールの文化史」となっている。 自己コントロールに関する本に興味をもたれる方の多くは、自己コントロールに自信がない人なのかもしれない。本書は、そんな人にとって役に立つ情報が満載である。著者は序盤で、これまでのアメリカの歴史を振り返りながら、現代生活がいかに自己コントロールが難しい時代になっているかを力説している。それらを追体験しながら「こりゃ、無理だわ」とでも呟いてみれば気分がスッキリする。そのうえで、さらに一歩踏み込んで対処したいと思うのなら、「プリコミットメント」という概念を、憶えておいて損はない。 プリコミットメントとは、将来強い欲求に襲われることを事前に見通して自らを拘束することを指す。勝てそうもない誘惑がまだ遠くにある安全なうちに、選択肢を狭めておくのだ。割らないとお金の取り出すことのできないブタの貯金箱など、その典型であるだろう。また、その他にも本書では、プリコミットメントを補助するためのツールがいくつか紹介されている。 しかし、実は本書を一番読んで欲しいのは、「自己コントロールに自信がある」と思われている人たちの方なのである。「一番危険なのは、誰でも自分は利口だから環境になんか影響されてないと考えていることだ。」という、印象的な一文が残されているほどだ。 本書において、興味深い実験がいくつか紹介されている。一緒にテーブルにつく人の数やその人たちが食べる量、部屋の照明、音楽を変えるだけで、食べる量を変化させられることができるという。照明が暗いとつい気が楽になってたくさん食べるし、大食漢のアメリカンフットボールの選手たちが大勢同じテーブルにいても同様なのだ。さらにボールに入れたマーブルチョコレートを七色ではなく一〇色にしただけで、被験者が食べる量が大幅に増えたそうだ。 また食べる量だけでなく、思考もコントロールできない。トルストイは子供のころ、兄にシロクマのことを考えなくなるまで部屋の隅にたっていられるかと言われ、その挑戦に受けてたったのだが、どうしてもシロクマを頭から追い出すことができなかったというエピソードが紹介されている。これらはプライミングと呼ばれるものなのだが、その他にも遺伝や病気といった要因によって、自己コントロールが制御不能なものなってしまう可能性もある。 誰にだって「規制重視の自分」と「衝動的な自分」が存在する。そして規制重視の自分が、衝動による新規性や意外性の価値を理解する必要がある、それが本書の大きなテーマである。衝動は抑え込むのではなく、方向付けるという視点が肝要なのだ。突き詰めれば、自己コントロールとは、どのタイミングでどちらの自分を立たせるかという時間軸の損得勘定なのである。 著者はジャーナリスト。本書においても自身の原稿の進捗などの話を交えながら、茶目っ気たっぷりに論考を積み重ねている。そして、欲求と自己コントロールという内面に隠された両者の葛藤を、幅広い視点から見ることで、うまく核心に迫っていく。その核心が人間の本質を突いているからこそ、誰にでもおススメできる一冊なのである。
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