インドまで7000キロ歩いてしまった の商品レビュー
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神戸市北区に住む写真家がなんとなく西に向かって歩き出し、そのいきおいで九州まで歩く。仕事をしながらなので連続ではなく、仕事の合間を見つけて1日あるいては自宅に帰る。そして数日あるいては自宅に帰るをくりかして、九州に到達。そのままの勢いで、韓国、中国、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、インドと歩いてコルカタまで7000キロを8年間かけてあるいた話。写真家なので掲載されている写真はさすがにきれいである。言葉も必要最低限の勉強で、食べて、歩いて、泊まっての繰り返しで、比較的淡々とした記述。ベトナム料理がフォーばかりで単調でラオスの料理が美味しいというは驚いた。ベトナム料理の芳醇さに感心している身としては、なぜベトナムで料理が単調なのかよくわからなかった。外国行くにはその国言葉学んだ方がいいね。l
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過剰な言葉もなく大きな事件が起こるでもなく、歩いていればあるだろうなぁという範囲のトラブルを超えて、兵庫からインドまで7000kmを踏破した記録。 だからというか、エンタメ性は薄く、地理もピンとこない国外以降はちょっと辛かった。
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45才が8年かけて神戸の自宅から7000キロ。現在ラオスを徒歩進行中。おもしろい。いいなあ、こういうのは女だと制限がある。一人旅中は唯一、自分が男ならと思う時がある。一日中歩いた人が食べる、なんということのない地元の食事のおいしそうなこと。シャワーやエアコンの描写が気持ちよさそう...
45才が8年かけて神戸の自宅から7000キロ。現在ラオスを徒歩進行中。おもしろい。いいなあ、こういうのは女だと制限がある。一人旅中は唯一、自分が男ならと思う時がある。一日中歩いた人が食べる、なんということのない地元の食事のおいしそうなこと。シャワーやエアコンの描写が気持ちよさそうなこと。
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神戸からカルカッタまで。ミャンマーで一部途切れてはいるが、歩けるものである。 うらやましいなと思う。
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図書館で、このタイトルが目に入った途端、思わず手に取った本。 著者が2002年1月から2009年12月までの徒歩旅行記。 日本の山陽路、韓国、中国、ヴェトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、 バングラディッシュ、そして、インド。 ずーっと行きっぱなしというわけではなく、大体4、5日歩き、一旦日本に帰り、 数か月後、前回の最終地に行き、そこから再出発する、を何度も繰り返る方法でインドまで到達。 この方法は、とても大変な方法だと思う。いつでもやめてしまえるから。 日本からもう出て行かなきゃいいんだから。 この本の最初に 『自宅(神戸市北区)から有馬温泉まで歩いて行こうと思った』と書かれている通り、 最初からインドまで歩こうと思っていたわけではなかったようだ。 最初にものすごい覚悟があったわけでもなく、インドまで歩くなんて・・・ でも、いつでもやめてしまえるのに続けたのは、 日本を出るたびに覚悟を決めていたのかもしれないなあ。 最後の章に書かれた著者の気持ちはインドまで歩いたことのない私にも理解できる。 私の大好きな沢木耕太郎著「深夜特急」。 こちらは、何度読んでも新しい発見があり、心地よい文章に心を奪われる。 それと比べて「インドまで7000キロ歩いてしまった」は、文章は上手くなく、 臨場感もあまり感じられず・・・そのため読んでいてあまり面白みが感じられなかった。 でも旅のゴールが近づくにつれて、私はこの著者を尊敬し始めていた。 続けることの困難さを充分知っているから。
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神戸に住んでいる著者が、ちょっとした食後の散歩で数キロ歩き始めたのがきっかけだった。だが、歩くことはその日だけで終わらず、自宅と前回のゴールを行き来しながら西へ進んでいった。そしてついに、著者は日本をも飛び出したのだった。 具体的な地名を出されても、正直情景を思い浮かべることは...
神戸に住んでいる著者が、ちょっとした食後の散歩で数キロ歩き始めたのがきっかけだった。だが、歩くことはその日だけで終わらず、自宅と前回のゴールを行き来しながら西へ進んでいった。そしてついに、著者は日本をも飛び出したのだった。 具体的な地名を出されても、正直情景を思い浮かべることはできたなかった。しかし、著者と現地の人々のやり取りは読んでいて簡単にイメージできたし、本の中で一番魅力的な部分であった。 西へ進むほど、人が優しかったそうである。そのせいか、読み進めるほど、おもしろかった。
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「華北を歩く」編を読書中ですが、面白いです。 本の内容と直接関係はないですが、地球を、大陸を歩いて渡るという発想が一般的になったのは猿岩石からかなと思っているのですが、実際のところどうなんでしょう。それとも、歩いて世界一周という旅のスタイルは以前からあったのでしょうか。そのあたり...
「華北を歩く」編を読書中ですが、面白いです。 本の内容と直接関係はないですが、地球を、大陸を歩いて渡るという発想が一般的になったのは猿岩石からかなと思っているのですが、実際のところどうなんでしょう。それとも、歩いて世界一周という旅のスタイルは以前からあったのでしょうか。そのあたりちょっと気になりました。 「歩いてしまった」という題名もいいです。いかにも、やってしまったという感じで(笑)。
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著者は神戸市北区在住のカメラマン&ライター。 2002年1月に突如歩いてみよう!と自宅から有馬迄6kmを歩く。以来、時間をやり繰りし継続的に歩き、1年かけて下関まで踏破。そのまま九州かと思いきやフェリーで韓国へ。韓国を横断すること更に半年。勢いはますます増し、中国へ。さすがに中国...
著者は神戸市北区在住のカメラマン&ライター。 2002年1月に突如歩いてみよう!と自宅から有馬迄6kmを歩く。以来、時間をやり繰りし継続的に歩き、1年かけて下関まで踏破。そのまま九州かと思いきやフェリーで韓国へ。韓国を横断すること更に半年。勢いはますます増し、中国へ。さすがに中国は広大で3年の月日を要する。旅はまだまだ続き、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、インド。その距離7000キロ。要した年月8年のトテツモナイ徒歩旅行記。 四国のお遍路がちっちゃく見える。この旅行記、脳裏に去来する悩みの吐露などまったく出てこず眼前に広がる風景描写のみを軽快に書き綴られている。もちろん、そこには悪路・荒天・炎暑・空腹・病気・当局の妨害に難渋がある。足掛け8年の長きの年月を支えたモチベーションが何であるかを、著者の歩みと共に探しつづけるもその答えはない。おそらく常にあったのは「ここまで歩いたんだから、自分が納得するまでもう少し歩こう!」、その思いだけだったんではないかな。
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