歌うクジラ(下) の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
『歌うクジラ』下巻読了。一言で言うと、大変マッチョな小説。マッチョな主義主張がたくさん描写されるけれど、近代的マッチョイズムを批判する小説かもしれない。女性差別的、移民差別的、一部のエリートクラスによる社会管理主義の誤謬が描写される。村上龍は『カンブリア宮殿』で経営者たちにこびへつらったインタビューをしている。あんなこびへつらってたら、もう昔みたいな小説書けなくなるんじゃないかと思っていたが、村上龍はやってくれた。毎週テレビに出演して経営者相手に良識者ぶっている中、こんな危ない小説を書いていてくれたことが嬉しい。 全てが効率に基づいて管理される未来の日本社会で、エリート層の間に幼児性犯罪が頻発する。人間が文化を作ったのは何故かという村上龍おなじみの議論が、『歌うクジラ』でも展開される。人間は他の動物と違って発情期がない。故にいつでもセックスできる。文化、ファッション、言語、イメージ、マスメディア、コミュニケーションは、発情期の代替物として機能する。つまり、発情期を失った人間は、文化に触発されて、セックスをする。 人間は本能からでなく、文化から、性の禁忌を学ぶ。社会が変容した時、性の規範や禁忌が崩壊する場合がある。日本社会のエリート層は、人間に発情期がないこと、社会が変容し、性の禁忌がなくなったことを、幼児性犯罪増加の原因だと仮定する。エリート層たちは、女性の間に発情期を復活させることにする。上層と最上層の女性から、社会をよくするためだと協力を募って、大規模な実験が行われる。 発情期を復活させられた女性たちは、排卵停止になった。日本人の人口が減少する。エリートたちは、日本の生産性を維持するため、移民を大量に招き入れる。同時に、まだ排卵が停止していない最下層の女性たちに子どもを生ませるため、エリートたちは最下層の女性相手に毎日セックスするようになる。 小説の語り手の少年は、日本社会最上層の最高権力者と、最下層の女性の間に生まれた子どもだということが小説後半に判明する(なんかここらへん荒唐無稽というか『聖闘士星矢』みたいな展開。星矢たちブロンズセイントは、大富豪が世界中の女性とセックスして生まれた私生児の兄弟だったし)。最高権力者は、少年の意識に語りかけ、少年の若い体を乗っ取ろうとするが、少年は自分の意志で体を渡すことを拒否する。そして、小説が終わる。 読書中は、総合格闘技の試合を楽しんでいるような気がした。純文学が柔道だとすれば、村上龍は柔道の金メダリストである。その龍が総合格闘技の試合に出て、世界中から集まった異種格闘技の強者たちと戦っている雰囲気がした。文学の特権など数十年前に消失しているのだから、『歌うクジラ』みたいに、グローバル市場という総合格闘技場を舞台に戦う意志がない小説は、市場から消えるだろう。 よくエンタメ系の人気作家が、この小説には色々な要素が入っているけど、エンタメですから、読者に喜んで読んでもらえればそれでいいですみたいな発言をするけれど、そういう発言を聞いていると、殺意を覚える(いつになく攻撃的なのは、村上龍の文体に感染しいているせい)。エンタメがエンタメだけで純粋に完結する、あるいはエンタメという核を志向するだけでは、総合格闘技場で戦えない。エンタメであり、文学であり、エンタメでなく、文学でないもの。日本社会で起きている問題の総体をある一つの物語の中に強引にぶちこんで、読者に問題提起を迫ること。これが、村上龍が『愛と幻想のファシズム』あたりからやっている小説の書き方だったと思う。 ドストエフスキーもトルストイもバルザックもディケンズも、ガルシア・マルケスも夏目漱石もそうした手法を使っていた。それが、ノンジャンルの小説だった。今、純文学という名前で確定されている小説のジャンルは、純粋な文学などでなく、本来はノンジャンルの総合格闘技的テキストだったはずだ。ノンジャンルの怪物じみた力を失った小説は、市場から撤退するしかない。 といっても、村上龍の『歌うクジラ』はたいして売れないと思う、なんかマッチョすぎるし。ここまで書いても総合格闘技場の壁にぶち当たるとなると、村上春樹のヒットは、奇跡だと思える。 『想像は危険だ。想像は何よりも危険だ。誰も他人の想像を支配できない。想像は支配の道具ではなく、想像する主体を導く。想像する力がお前を導く。想像せよ。お前は導かれる』(上巻p.348)
Posted by
読み応えのある小説でした。確かにグロさはありますが。 冒険もの?なので、いろんな人と出会いがあり、別れがあり、そこがRPGっぽくて、さらりと流れていく。都度グロいですが… 近未来の描写が丁寧にされている点はさすがですが、いろんな要素がありすぎて、もう少し熟成できたのではないか...
読み応えのある小説でした。確かにグロさはありますが。 冒険もの?なので、いろんな人と出会いがあり、別れがあり、そこがRPGっぽくて、さらりと流れていく。都度グロいですが… 近未来の描写が丁寧にされている点はさすがですが、いろんな要素がありすぎて、もう少し熟成できたのではないかと…。 半島を出よ、がとてもよかったので、あれ?村上龍ってこうだったっけ?とちょっと戸惑いました。
Posted by
村上龍は新しい文体にチャレンジし続ける作家だなとあらためて思う。閉ざされた環境で培養された少年の一人称の文体が持つ、何かしら欠如した透明な感覚の巧妙さ。それと好対照をなす、助詞を意図的に破壊した反乱民たちの会話の生命力。自らの意思を徹底的に曖昧にする最下層民たちの言葉。 本書は、...
村上龍は新しい文体にチャレンジし続ける作家だなとあらためて思う。閉ざされた環境で培養された少年の一人称の文体が持つ、何かしら欠如した透明な感覚の巧妙さ。それと好対照をなす、助詞を意図的に破壊した反乱民たちの会話の生命力。自らの意思を徹底的に曖昧にする最下層民たちの言葉。 本書は、少年による欠如の視点を通じてこそ客観的に描き得る正確な描写の連続で展開する。語られるのは、真っ直ぐにシンプルな真理だけを追い求めて人類が行き着いた様々な「矛盾のない空間」のグロテスクさなのだろうか。 徐々に覚醒して行くかに見える少年が最後につかみ取ったのが人間の希望だとすれば、やはりそれはこの文体の持ち主である少年と共にこの冒険を体験する事でしか実感の出来ないもの。言葉に出来ないもの。 やはり文学、だな。
Posted by
電子書籍にて読了 理想に向かうことと理想を達成することの、決定的な違い 革命と固定 矛盾による生 自分を憎むことを止めるための生 正よりも強い負の感情 出会い、そのための移動によって得る生の意味
Posted by
村上氏の、時代の空気を、小説に反映させる能力は天才的だなと思う。 物語に出てくる舞台設定は、幼児を対象とした犯罪、不老不死の遺伝子、ロボットによる治安維持、軌道エレベータなど、一見架空で現実世界とは遠く離れたおとぎ話のように見える。 だが、実際には、現代社会に蔓延する犯罪、遺...
村上氏の、時代の空気を、小説に反映させる能力は天才的だなと思う。 物語に出てくる舞台設定は、幼児を対象とした犯罪、不老不死の遺伝子、ロボットによる治安維持、軌道エレベータなど、一見架空で現実世界とは遠く離れたおとぎ話のように見える。 だが、実際には、現代社会に蔓延する犯罪、遺伝子工学、ロボット工学の最先端から想像の翼を広げ、100年後を予測すると、「十分起こり得る」内容なので、やはり近未来SFのジャンルだと思った。 いつもは付いてくる巻末の参考資料のリストは、今回なかったけど、かなりリサーチして書いてるなという印象。 ですが、上巻でも書いたけど、読み手を選ぶ作品。 文学作品書きたかったけど、娯楽的な読みやすさも入れてるから、読みやすくなってます。みんな敬遠せずに読んでね。 というメッセージを感じたのだが・・・。 いずれにしても、2日で読了してしまうほど、引き込まれました。
Posted by
続きである下巻は、展開がわかってきて読みなれてきたせいか(苦笑)、上巻に比べると簡単に読んでいけるようになってきます。 ありそうな近未来ですね。
Posted by
人類がついに不老不死のSW遺伝子(Singing Whale)を発見した22世紀の世界の話です。 村上龍氏の新作はiPadで先行発売されて話題になりましたね。 SW遺伝子とは、限られた一部の選ばれた人間に応用されました。 その反作用として犯罪者には、老化を促進させる方法が取られ...
人類がついに不老不死のSW遺伝子(Singing Whale)を発見した22世紀の世界の話です。 村上龍氏の新作はiPadで先行発売されて話題になりましたね。 SW遺伝子とは、限られた一部の選ばれた人間に応用されました。 その反作用として犯罪者には、老化を促進させる方法が取られました。 人々の徹底的な住み分けがなされた日本で・・・・・
Posted by
結局最後までグロさが駄目だった…。 「半島を出よ」みたいな戦闘で内臓やら脳漿やらは 我慢できるけど幼児とか性的とかでグロィのは駄目だー。 ストーリー内の社会の根本設定がソコからなので 「気持ち悪い」感が抜けない。 読み応えはあるし壮大で凄い作品だと思うけど 個人的に読後の...
結局最後までグロさが駄目だった…。 「半島を出よ」みたいな戦闘で内臓やら脳漿やらは 我慢できるけど幼児とか性的とかでグロィのは駄目だー。 ストーリー内の社会の根本設定がソコからなので 「気持ち悪い」感が抜けない。 読み応えはあるし壮大で凄い作品だと思うけど 個人的に読後の「嫌悪感」が殆どなので結局★2で。
Posted by