徳川時代の文学に見えたる私法 の商品レビュー
1984年(底本初版1922年)刊行。 著者は底本初版刊行時は東京帝国大学法科大学教授(日本法制史)。 歴史研究の題材・素材に文学作品を用いることは(特に社会史研究において)、今でこそ少なくないが、大正年間ではどうだったのだろうか?。 本書は、法制史研究の第一人者が、江戸...
1984年(底本初版1922年)刊行。 著者は底本初版刊行時は東京帝国大学法科大学教授(日本法制史)。 歴史研究の題材・素材に文学作品を用いることは(特に社会史研究において)、今でこそ少なくないが、大正年間ではどうだったのだろうか?。 本書は、法制史研究の第一人者が、江戸時代の文学作品を通じ、かような作品の中で当然に前提とされている、当時の民事法・家族法の内容を検討していく書である。 当たり前であるが、近世と近代における、家督相続の異同・裁判所制度の存否・近代所有権の成立如何など、根本的に違うものは少なくない。 あるいは民事・商事の未分化。封建的な土地所有の帰属如何など、戦後現代とは元より、明治近代とも大きく異なる点は当然に存在する。 これが反映したのが、例えば、親権の目的。相続制における階級差異や家禄・家俸の承継の意義。 不動産売買の可否や条件。夫婦財産における妻持参の金員・不動産の帰趨(対外的には夫の責任財産だが、離婚時に返還を要するため夫の処分権は制限)。事業認可という意味合いの株制度がそれだろう。 しかし、例えば、売買契約での手附の議論は、現行法や解釈にも大きく関わるし、また婚姻の過程での「結納」の意義や、譲渡担保の内実など、現代に仄かに影響する要素も少なくない。 一方で、本書で開陳される、上方と江戸に表れる差も興味深い(ここでは譲渡担保における慣習的な規範内容。いうなれば、担保権的構成の上方、所有権的構成で売渡担保の概念まで辿り着きそうな江戸)。 ただし、文学作品が上方を舞台にしていることも多く、なかなかいろいろな項目で比較ができなかったというのがやや残念か。借家なぞは違いがありそうなんだけれど…。 なお、破産制度は分散と称した点には注目。
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