樺美智子 聖少女伝説 の商品レビュー
樺美智子聖少女伝説 江刺昭子 文芸春秋 60年安保の時に高校だった私も 何度かデモに参加していたし 「学者文化人安保批判の会」の お手伝いをしていたこともあり 樺美智子さんの事件は印象深い 改めて樺さんの人となりを知ってみると 事故ではなく事件であっただろうと 思わずにはいられ...
樺美智子聖少女伝説 江刺昭子 文芸春秋 60年安保の時に高校だった私も 何度かデモに参加していたし 「学者文化人安保批判の会」の お手伝いをしていたこともあり 樺美智子さんの事件は印象深い 改めて樺さんの人となりを知ってみると 事故ではなく事件であっただろうと 思わずにはいられない圧死にしろ 絞殺にしろ意図があってのことと 思えてならない それにしても これだけ思慮分別がありながら 盲目的にのめり込んでしまうものなのかと 人生とは不思議なものである
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作者 江刺昭子さんは自身もあの6.15に国会を取り囲むデモ隊の中にいたとのこと。 決して一般学生ではなかった樺美智子さんの実像(と言っても私たちにとっては十分に想像ができる範囲ではある)に迫って、あの時代の記録として貴重な一冊。 十代後半から二十代前半、『人知れず微笑まん』『友...
作者 江刺昭子さんは自身もあの6.15に国会を取り囲むデモ隊の中にいたとのこと。 決して一般学生ではなかった樺美智子さんの実像(と言っても私たちにとっては十分に想像ができる範囲ではある)に迫って、あの時代の記録として貴重な一冊。 十代後半から二十代前半、『人知れず微笑まん』『友へ 樺美智子の手紙』はもちろん、樺さんのように夭折した、反権力闘争の中で倒れた人々のアンソロジー、ドキュメントはいろいろと読んできたので、とりたてて新しい発見はなかった。 しかし、あらためて、7社共同宣言に象徴される新聞社の体質、党利党略を優先し運動を分裂させ自ら弱体化するしかない反自民、私たちの側のふがいなさ、を思い知らされる。 いまのこの状況もさもありなんと、自責の念とともに、これからを考えさせられた。 なお、この書籍は中古で購入したが、 河出文庫(2020/6/5)から出ている同著者の『樺美智子、安保闘争に斃れた東大生』は、おそらくこの本を文庫化したものと思われる。Amazonの試し読みで読める著者のプロローグはまったく同じ。だが、河出書房の書籍紹介などにも改題しての文庫化との記述はない。
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「人しれず微笑まん」と併読したので、樺美智子とはどうゆう人だったのか、ということが少しわかったような気がする。 この「聖少女伝説」は、美化されるきらいのある樺美智子の実像に迫るという趣旨ながら、なんだかんだいって美化してるようなきがしないでもない。 樺美智子の死後にその行動が変節...
「人しれず微笑まん」と併読したので、樺美智子とはどうゆう人だったのか、ということが少しわかったような気がする。 この「聖少女伝説」は、美化されるきらいのある樺美智子の実像に迫るという趣旨ながら、なんだかんだいって美化してるようなきがしないでもない。 樺美智子の死後にその行動が変節していく両親についてはやや辛辣のように感じられた。 新左翼が分裂、内ゲバといった混迷の様相を呈する前の古き良き時代(?)に生きたことで樺美智子は神聖化されたのかもしれない。
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KL 2010.8.22-2010.9.5 「人知れず微笑まん」も読んだけど、ほとんど内容は覚えていない。 この時代の大学生たちのなんと純粋でまじめなことか。 美智子死後の両親の行動がなんとも・・・・
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60年安保闘争の悲劇のヒロイン樺美智子は、1937年の生まれ。ぼくより一回り上である。そして彼女が亡くなったときぼくはまだ11歳。しかし、「安保反対」のスローガンとともに彼女の名はよく知っていた。樺美智子というと、ふつうの女子大生というイメージを持つ人と、革命に命をささげた活動家...
60年安保闘争の悲劇のヒロイン樺美智子は、1937年の生まれ。ぼくより一回り上である。そして彼女が亡くなったときぼくはまだ11歳。しかし、「安保反対」のスローガンとともに彼女の名はよく知っていた。樺美智子というと、ふつうの女子大生というイメージを持つ人と、革命に命をささげた活動家というイメージをもつ人がいるが、本書はその彼女の実像に迫ろうとしたものである。ぼくより10年早いといえば、まだ貧しい世の中だったが、彼女は父親が大学教授ということで、比較的恵まれた生活を送っている。そういうミドルアッパーの子女というのは、革命に走りがちなもので、彼女は本当に純粋に、日本人民を救おうと革命に志した。20歳のときに日本共産党に入ったぐらいだから、とてもふつうのお嬢さんとは言えないだろう。彼女が読んだマルクス、エンゲルス、レーニンの本は10年あとの大学生の必読書でもあった。だから、その一つ一つはなつかしい。同時に、これで人間が幸せになるだろうかと今は思う。彼女は本当に人生にひたむきで、ある意味まじめすぎたほどではないだろうか。最後の国会突入でも、デモ隊の安全な場所におらず、むしろ危険な場所にいたからこそ悲劇の死を迎えることになったのだから。革命家を子にもった親の態度、美智子の死後どのような人生を送ったかも考えさせられる。本書は、彼女の死の原因についてもかなりの紙数を費やしているが、それでもやはり真の原因は不明だ。
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当時の歴史をさかのぼるとあまりにもヒロイックに描かれてる気がしたので裏づけを探りたくて買った本。 戦中戦後の話は祖父母に尋ねて当時の世相をなんとなくイメージ出来たけど、戦後から自分が誕生するまでの情報量は意外と乏しいもの。その一部を補填することは出来たかな。
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日本にも政治の季節があった。政府の決定を変えようと、一般市民が 国に立ち向かった時代があった。 その時代に大学生であった樺美智子は、女性の進学率が遥かに低かった 頃に男子生徒の多い進学高校に通い、1年の浪人期間を経て東京大学へ 入学する。 父が社会学者であった影響もあるのだろ...
日本にも政治の季節があった。政府の決定を変えようと、一般市民が 国に立ち向かった時代があった。 その時代に大学生であった樺美智子は、女性の進学率が遥かに低かった 頃に男子生徒の多い進学高校に通い、1年の浪人期間を経て東京大学へ 入学する。 父が社会学者であった影響もあるのだろう。中学生の頃から社会問題に 関心を持ち、高校時代には自治会長選挙に立候補した女子生徒の応援演 説で「なぜ、女子は自治会長になれないのか?」と疑問を投げかける。 そんな彼女が、大学入学と同時に学生運動に情熱を傾けて行ったのは 必然だったんだろう。あの時代を生で知らぬ身にとっては、それがいい ことなのか、悪いことなのか、判断を下す立場にはない。 60年安保闘争、国会突入の6月15日の夜。彼女はデモ隊と警官隊の衝突の なかで命を落とした。のちに彼女の死は、学生運動の象徴して扱われる。 「死んだ彼女の年齢は二二歳と六カ月。十分に成熟した大人の女であって、 「可憐な少女」というのはあたらない。(中略)他にも「処女」や「少女」 を鎮魂する歌や詩があふれている。それが活字メディアや電波を通じて流布さ れ、聖少女樺美智子像ができあがっていった。葬儀で「日本のジャンヌ・ ダーク」、「キリスト」と呼びかけた弔辞さえある。これらの文言は、美化 しようとして、反対に死者を弄んでいることになるのではないか。」 著者がいうように、本書に記されている樺美智子像は熱烈な革命戦士など ではなく、生真面目に、一途に、運動に向き合ったひとりの女性に過ぎない。 なのに、その死は仲間だけではなく娘を喪った両親によってさえ、変質され ていく。それは、彼女の本望だったのだろうか…と考えてしまう。 学生運動に熱心に取り組み、家に帰ることも少なくなった娘は、死して家族の 元へ帰ったのではないのだろうか。歪められた死を、彼女はどう思うのだろう。 学生運動に距離を置き、いい意味で醒めた目線で書かれた良書である。尚、 今でも疑問の残る樺美智子の死因についても若干取り上げられている。これ もまた、興味深い。
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あれからすでに50年が経とうとしています。 1960年6月15日の安保反対闘争で、国会突入の際に機動隊によって虐殺された22歳の東大生ですが、恥ずかしながら、「全世界にその名を知られる日本の民族的英雄」と毛沢東に言わしめた樺美智子のことを、私はほとんど知りませんでした。 いわ...
あれからすでに50年が経とうとしています。 1960年6月15日の安保反対闘争で、国会突入の際に機動隊によって虐殺された22歳の東大生ですが、恥ずかしながら、「全世界にその名を知られる日本の民族的英雄」と毛沢東に言わしめた樺美智子のことを、私はほとんど知りませんでした。 いわゆるシンパで、なんとなく回りの学友たちに誘われるがまま重い腰を挙げてデモに参加した一般学生だとばかり勝手に早合点していましたが、とんでもない、あのブント(共産主義者同盟)の一員として、そして東大文学部学友会副委員長として安保反対闘争をリードしたバリバリの活動家だったなんて。 たぶん、あの純真無垢な清純な感じの遺影に印象付けられての私の早とちりです。 ところで、もし樺美智子が生きていれば今年73歳ですが、同じ1937年生まれといえば、順不同で、山本學、柳生博、ジャック・ニコルソン、アンソニー・ホプキンス、笑福亭仁鶴、コシノヒロコ、山藤章二、ワダエミ、赤瀬川原平、加山雄三、モンキー・パンチ、伊東四郎、つげ義春、養老孟司、佐木隆三、雪村いづみ、亡くなった人で江利チエミ、松下竜一、美空ひばり、沢たまき、などがいます。 生きていれば、そういう疾風怒濤の波瀾万丈な50年の人生があったはずですが、樺美智子はたった22歳で途絶えさせられてしまいました。
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