エロティシズム(上) の商品レビュー
去年、夏の陽射しがまだ高い頃、神保町の古書店街をこれといった目的も無く彷徨っていた時、偶然手にとったのが本書だった。僕が出会ったのは青土社から出たハードカバー版で、濃い桃色の背表紙には金文字で『エロティシズム』とある。編者はかの澁澤龍彦だった。初版とあって少々値が張ったが、それが...
去年、夏の陽射しがまだ高い頃、神保町の古書店街をこれといった目的も無く彷徨っていた時、偶然手にとったのが本書だった。僕が出会ったのは青土社から出たハードカバー版で、濃い桃色の背表紙には金文字で『エロティシズム』とある。編者はかの澁澤龍彦だった。初版とあって少々値が張ったが、それが余計にビブロフィリアとしての蒐集癖を煽り、一抹の罪悪感と購入した本書を胸に、薄暗い帰路を急いだのを覚えている。 この本に於いて澁澤の立場はあくまでも編者となっている。彼自身もささやかなインキュバス論を寄稿しているが、内容に関してはエロティシズム周辺に関するオムニバス形式の論集であると見てよい。周辺と一口に言ってもその範囲は広く、76年という時代を考えれば十分に網羅的であると言える。 これも澁澤自身の手による後書きであるが、その中で稲垣足穂の言を引いて曰く「本書はペダントリーとしてのエロティシズムだ」と断じる。ここでいうペダントリーとはそのまま衒学的と解釈していいだろう。確かにそれぞれの内容を見れば、様々なジャルゴンや固有名詞が踊り、引用も豊富で、読むだけでも相応の根気を要することは間違いない。しかし澁澤が言うように本書はまさに「ペダントリーの洪水」であり、読書はこの怒濤に半ば強引に巻き込まれ、押し流されながら『エロティシズム』を経験してゆく。 多くの論者が提示する理路の中には、一見してエロティシズムとは殆ど関係が無いように思えるものも散見される。しかし、それでも『エロティシズム』と銘打った背表紙の中に収まると、その論旨からも忽然と、エロティックな観念が浮かび上がってくるのだ。広範囲である分内容の濃淡に関してバラツキが目立つが、全体としては程よく調和している。この辺りのトリックはひとえに澁澤龍彦の手腕に依るもので、面目躍如といったところだろう。 ある時期の澁澤が精力的に紹介してきたヨーロッパの頽廃美を論理的に裏付けるものとして本書が編纂されたと考えれば、随所に溢れる衒学的な調子にも納得がいく。当時の彼がバタイユやサドに抱いた直観を言語化する為には、ある程度まとまった資料と理論が必要だったのだろう。本書の最後に『エロティシズム小辞典』を掲載し、エロティックなモチーフを順に列挙してみせた意図も、推して知るべしである。 澁澤本人の原稿は先述した夢魔論と後書きだけであるが、本書は彼の著作を理解する上で非常に有用なデータベースとなっている。特に小説に関しては、本書が披露する理屈を把握しておけば溜飲が下る箇所も多いはずだ。彼の小説をそのように読む事が、果たしてどれだけ正当化され得るのかは分からないが、多面的な読みへの第一歩であることは確かである。 言うまでもないことだが、澁澤龍彦は凄い。紛れもなく、凄い。その凄さを少しでもリアルに、具体的に感じる為に『エロティシズム』を読むことは、僕が考える最善の方法の一つである。
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上巻の「錬金術と近親相姦」・「万有引力考」、下巻の「マラとホトの関係について」が特に面白かった…! あと、澁澤先生の原稿が完全収録されてないのが、少し残念だった。
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【本書より】二つの個体のあいだには、越えられない深淵があり、非連続性があるが、ただ生殖の瞬間にのみ、非連続の存在に活が入れられ、二人の恋人同士は、連続性の幻影をちらと見るのだ。 −−たぶん、人間の最も深い欲求は、この分離を何とかして克服し、存在の宿命的な孤独地獄から逃れようと...
【本書より】二つの個体のあいだには、越えられない深淵があり、非連続性があるが、ただ生殖の瞬間にのみ、非連続の存在に活が入れられ、二人の恋人同士は、連続性の幻影をちらと見るのだ。 −−たぶん、人間の最も深い欲求は、この分離を何とかして克服し、存在の宿命的な孤独地獄から逃れようという欲求なのであろう。 (澁澤龍彦 「存在の不安」)
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この本は私のために書かれたのではないか。そんな途方も無いことを考えるくらい、私たち、1人と1冊の波長リズムはぴったりだった。「瞑想家の天上的な女友達、すなわち彼に霊感をさずける精霊」―そうか、彼は精霊だったのか。「天才は同時に両性的であらざるをえない」―私って天才?しかし君、天才...
この本は私のために書かれたのではないか。そんな途方も無いことを考えるくらい、私たち、1人と1冊の波長リズムはぴったりだった。「瞑想家の天上的な女友達、すなわち彼に霊感をさずける精霊」―そうか、彼は精霊だったのか。「天才は同時に両性的であらざるをえない」―私って天才?しかし君、天才と狂人は紙一重なのだよ。
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