塾のエスノグラフィー の商品レビュー
本書は中学受験塾を研究対象とした類例の少ない質的研究である。分析は、フォーマル、インフォーマルでインタビューを行った上で知見を丁寧にまとめていく方法をとっている。ジャーナリスティックに扱われることが多いテーマである「中学受験」だが、それに真正面から向き合い積み上げた研究成果から、...
本書は中学受験塾を研究対象とした類例の少ない質的研究である。分析は、フォーマル、インフォーマルでインタビューを行った上で知見を丁寧にまとめていく方法をとっている。ジャーナリスティックに扱われることが多いテーマである「中学受験」だが、それに真正面から向き合い積み上げた研究成果から、ねばり強さを感じた。全体の構成等も範とすべき点が少なくない。内容の中心となるフィールドノーツについても状況を想起しやすい記録となっている。事例の選択は、大手塾と総合塾に分けて取り上げ、講師、子供、場、教材等を総合的に観察している。当然、簡単にできる仕事ではない。 大手塾の特徴として、問題を解説する際の「付け足し」の指摘や、元の問題との関係を示した対照、比較、交換、抽象化(総称化)、具体化(例示)、要約といった「類型化」を提示している。これらは、これまでにありそうでなかった視座からのまとめだといえよう。また近年の中学受験生のリアリティを冷静に描き、週刊誌等の記述とは一線を画する内容となっている。 他方、総合塾は、大手塾自身や通塾する子供たちがまとっているカバン・文房具といった「シンボル」を極力除去し、カリキュラム・思想も大手塾と根本的に異なる。授業中にテキストのキーワードの周辺概念・事実まで広げ、かつ背景・全体を自身で見渡す「知識の再構成」を展開することが最大の特徴と分析している。その足跡は「授業」→「復習」→発展のための「知識」といった3段階のノート作成のプロセスを通じて残される。この際、マーカーや付箋紙を使い分け、扱った内容や自主的に調べた内容を整理するといった、自分自身による作業を通じて知識を整理していくことが、総合塾における受験勉強の実際といえる。 こうした事例を検討することで、講師が子供を教え込むのではない、多様で複合的な取り組みや仕掛けが明らかになっている。著者もまたジャーナリスティックな記述と本研究の対比を結章で示している。中学受験関係のウェブサイトや週刊誌だけでなく、本書のような文献から知見を得ることも有用と思う。ちなみに、本書の元になった論文は次にいくつかある。 http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/browse?type=author&value=%E5%B2%A9%E7%80%AC%2C+%E4%BB%A4%E4%BB%A5%E5%AD%90 関連書評 http://ci.nii.ac.jp/els/110008673117.pdf?id=ART0009750563&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1462708239&cp=
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