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にわか産婆・漱石 の商品レビュー

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2018/02/27

もう随分前の事だから書いてしまふ。 かつて本屋に勤めてゐた頃、篠田達明氏の居住地の最寄り書店で働いた事があります。篠田氏ご本人も拝見したことがあり、「ああ、何だか温厚で穏やかさうな人だな」と思つた記憶があるのです。店頭に無い書籍を注文して頂いた事もあり、その際に「しのだ、たつあき...

もう随分前の事だから書いてしまふ。 かつて本屋に勤めてゐた頃、篠田達明氏の居住地の最寄り書店で働いた事があります。篠田氏ご本人も拝見したことがあり、「ああ、何だか温厚で穏やかさうな人だな」と思つた記憶があるのです。店頭に無い書籍を注文して頂いた事もあり、その際に「しのだ、たつあきと申します」などと丁寧に名乗り、まるで「どうせ私の事なんか知りはしないでせうね」みたいな空気を発散してゐました。その謙虚な感じに、余程「先生のご著書、読ませて頂きました」などと声をかけやうかと思ひましたが、まあやめときました。 一般に面白い小説を書く人はイヤな奴が多い印象なので、こんな善人ぽい人が書く小説はツマラヌのではないか、と思つてしまひますが、さうではありません。その証明として、本書『にわか産婆・漱石』を読めば十分でせう。 1905(明治38)年12月のこと、漱石の妻鏡子夫人は第四子の誕生を間近に控へてゐました。予定より早まつたやうで、14日の午前五時といふ難しい時間に陣痛が始まります。破水してしまつたやうです。もう二十分もすれば生れる、といふ妻の訴へに驚く漱石。 急遽牛込の産婆を呼びに行かせますが、どう急いでも牛込からは五十分はかかるとのこと。産婆が到着するまでに赤ん坊が出てきてしまつたらどうするのか。漱石が産婆の代りをするしかありません。普段の胃痛も忘れる程、あわてふためく漱石。産婆は間に合ふのか.....? 胎児の視点と、地の小説文が交互に出てきて、その時の状況をユウモラスに語ります。漱石の狼狽ぶりは、普段の横暴な亭主関白との対比が面白い。胎内の子供(つまり四女愛子)は物知りだねえ。『吾輩は胎児である』といふ感じ。 その他に、「大御所の献上品」(最後にピンチに陥つた歯科医の逆襲が面白い)、「本石町長崎屋」(展開が二転三転して目が離せぬ)、「乃木将軍の義手」(お偉方のする事はしよせん自己満足で、犠牲になるのは常に名もなき下ッ端)、「平手打ち鷗外」(鷗外が新聞記者と大立ち回り)の四篇が収録されてをります。最後の「平手打ち鷗外」は初版の文春文庫版には無く、この新人物文庫で初めて収録されましたので、こちらの版がお買得と申せませう。 すべての作品が医療に関係する話で、それを絡めた歴史小説は、医者でもある著者の得意分野であります。 http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-740.html

Posted byブクログ