ゲンちゃん獣医になる の商品レビュー
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北海道の旭山動物園といえば、それぞれの生態に合った施設で動物たちが生き生き過ごす姿を見られる動物園として大人気だ。坂東元氏(ゲンちゃん)は、そんな旭山動物園の運営に獣医として、また園長として携わる人物。その少年時代の物語が本書である。獣医になることそのものではなく、彼が獣医を目指すに至る成長過程に焦点を当て、一部に創作を交えて描かれている。 お世辞にも周囲とうまくやっていけるタイプではない、「きんちょう症」の少年、ゲンちゃん。父親の仕事の都合で転校を繰り返し、その度にクラスに馴染めない。いじめの対象になることもある。しかしゲンちゃんの生活は悲愴ではない。好きで好きでたまらないことがあるからだ。それは昆虫や小鳥などの生きものを観察したり、飼ったりすること。温かく見守る家族の存在も大きい。本書が。ともすれば甘口になりがちな児童向け読み物と一線を画する点は、生き物たちの生死や少年の行動の残酷さを隠さず描いているところだ。自分が子どもに好かれるという自負があるために、なつかないゲンちゃんを嫌う小学校の担任教師の描写も非常にリアル。しかし著者が物語の中で最も伝えたかったことは、そのリアルさと対極を成す、ファンタジーの部分に込められているようだ。 あるときゲンちゃんは、古い洋館の庭の池を通じて、不思議な喋る虫たちの世界を垣間見る。彼らがてんでに歌う歌は美しく一つに和する。だが皆が仲良しなわけではない。互いが互いの存在を認め合っているだけだ。「友だちってひつようなのかね?」虫の長老の発する問いかけは、必要ではないという前提に立っていることが寧ろ清々しい。 彼がゲンちゃんに教える「相手がそこにいてもいい」というスタンスは、力の強いものが弱いものに対して示す優越の姿勢とは違う。たとえ自分を捕食しようとする相手でも、その存在を否定はしない、という受容の心意気だろう。虫の世界で認められ、自己の内面の強さに目覚めたゲンちゃん。あるきっかけで「獣医になる」という目的を抱き、そのために更に強くなるべく決意する。努力や知力、決心は、人間が生きものとして生きるためにも大切な「強さ」であることを考えさせられた。孤立感やいじめに悩んだとき、生あるものの死に不条理を感じたとき、年齢を問わずぜひ読んでほしい一冊だ。
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