街道をゆく 新装版(40) の商品レビュー
かつて住み、自分で運転して(自己開車)全島周った景色を思い出しつつ読んだ。 阿里山、赤嵌城、烏山頭水庫、知本温泉などなど、あゝなつかしい。
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台湾旅行から帰ってきてこの本を読んだ。自分の旅先と「街道をゆく」シリーズの旅先とが重なったとき、旅の前後に手に取ることが多い。 司馬遼太郎は風土を重視する。地理、気候から産業、歴史を踏まえたうえでその土地に詳しい案内人と共に各所を訪れる。 50年間の日本統治時代に生きていた台...
台湾旅行から帰ってきてこの本を読んだ。自分の旅先と「街道をゆく」シリーズの旅先とが重なったとき、旅の前後に手に取ることが多い。 司馬遼太郎は風土を重視する。地理、気候から産業、歴史を踏まえたうえでその土地に詳しい案内人と共に各所を訪れる。 50年間の日本統治時代に生きていた台湾の人々は、皆かつて"日本人"だったことがあるということであり、本書の中ではもちろん、私が行った現在の台湾でもその痕跡を辿ることができる。 司馬遼太郎は台東に住む原住民の"大野さん"に「戦前風の日本人」を感じ「このさびしさの始末に、しばらくこまった。」と書いている。私も旅先の台南で日本統治時代の痕跡を見て、さみしさ、傷み、捨ててきた故郷のような感覚を持った。 司馬遼太郎は、車中で会った青年から李登輝さんまで、台湾の風土の中にその個人を落とし込んで描き出す。 私は地元の人の生活を垣間見る事ができるような旅がしたいと思っているが、「街道をゆく」の影響が大きかったのかもしれない。
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「街道をゆく」シリーズ、ついに台湾。「週刊朝日」に1993年7月から94年3月まで連載。台湾取材は93年の1月と4月。司馬遼太郎にとっては、最後の海外取材になった。 「紀行」と聞くと、なにやら優雅な旅の思い出を連想するが、本書はさにあらず。かなり重い歴史紀行。しかも訪ねる先々で、...
「街道をゆく」シリーズ、ついに台湾。「週刊朝日」に1993年7月から94年3月まで連載。台湾取材は93年の1月と4月。司馬遼太郎にとっては、最後の海外取材になった。 「紀行」と聞くと、なにやら優雅な旅の思い出を連想するが、本書はさにあらず。かなり重い歴史紀行。しかも訪ねる先々で、みなが涙を流す。司馬はそうした自分たちを「涙袋」と称する。これまでの「街道をゆく」シリーズにはなかったような光景が展開する。 冒頭に登場するのは葉盛吉。司馬と同じ1923年の生まれ。日本統治下の台湾で育ち、旧制二高(仙台)を経て東大医学部入学、そして敗戦。帰台し、台湾大学医学部を卒業、マラリア研究所で研究するも、50年に銃殺刑。27歳。 台湾にはずっと支配者がいなかったが、清が領有権を主張、日清戦争で日本に負けたため、日本の領土となった。戦後は、蒋介石一党が大陸から逃れてきて、台湾を支配するようになった。そこで起こったのが1947年の二・二八事件。これが契機になって、反体制とみなされた者は数年のうちに一掃された。犠牲者は2万とも3万とも言われる(上記の葉盛吉はそのひとり)。驚くことに、1987年まで台湾には戒厳令が敷かれていたのだ。いまの台湾からはとても想像できない。 連載時、台湾の総統は李登輝。司馬と同じく1923年生まれ。旧制台北高校を経て京都大学で農業経済学を学ぶも、学徒出陣。終戦後帰台し、台湾大学農学部を卒業。二・二八事件に参加。その後アメリカの大学院で学び、台湾大学教授。50歳にならんとする時に、政治の世界に足を踏み入れた。司馬とは初対面なのに、旧知の友人のように語り合っている。しかも旧制高校時代の話し方で。 連載には安野光雅による台湾の風物のスケッチが添えられていた。安野は、司馬の台湾行きに同行するも、ほぼ別行動で写生して回っていた。司馬は、敬愛の念も込めながら「俗事に無頓着な画伯」と表現している。挿画は『台湾小景』(朝日新聞社)として刊行されている。
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この本だけの感想ではないですが、台湾の歴史、表現が適切か微妙だけど、とてもおもしろい。 いろんな波に影響されてきて絡まり合ってる現状も興味深いし、日本との関わりの深さゆえの鏡としても興味深い。
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台湾 特に東半分は無主の国であった ハリスが来たとき米領にすればとさえ言った 日本は一等国としての見栄をはって、治水・灌漑等比較的良い治世をした 巻末に山田方谷・河井継之助の話まででてくる 李登輝(客家出身が蒋経国の次の総統になったのも不思議
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司馬節で語られる台湾への思いや歴史などが理解できる名著。 「植民地時代に日本が残したものは大きい。批判する一方で、もっと科学的な観点から評価しなければ、歴史。理解することはできないと思うな。」李登輝さんの言葉が印象的。
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何気なく台湾旅行の参考にと道中から読み始めたけど、国としての成り立ちや台湾の国造りに関わった日本人、台湾の人々の事を知り興味を惹かれた。 お陰で台北の街歩きで、至る所で出会う今も大切に使われている国立博物館、総統府など日本の統治時代の建物施設も興味を持って観光できたし、台北の人達...
何気なく台湾旅行の参考にと道中から読み始めたけど、国としての成り立ちや台湾の国造りに関わった日本人、台湾の人々の事を知り興味を惹かれた。 お陰で台北の街歩きで、至る所で出会う今も大切に使われている国立博物館、総統府など日本の統治時代の建物施設も興味を持って観光できたし、台北の人達にも親近感が勝手に湧いてきた様で充実した旅ができた。 本島人として初めて総裁になった李登輝さんが執務してたであろう「総統府」も尋ねたが、本土との緊張関係のある時節柄か中の見学は叶わなかったが。 帰国してからも台湾に興味を持って、関連本を読み続けている。それだけ自分に大きな影響を与えてくれた紀行だった。
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「国家とはなにか」をテーマに、司馬遼太郎さんと台湾のかかわりや歴史についてのお話 台湾の雰囲気やグルメやショッピング、台湾の人々が大好きで、何度も行きたい!と楽しい気持ちいっぱいだったけれど、歴史を知り、思うと悲しく、単に楽しい!の気持ちだけで訪れていいのだろうかと思いました。...
「国家とはなにか」をテーマに、司馬遼太郎さんと台湾のかかわりや歴史についてのお話 台湾の雰囲気やグルメやショッピング、台湾の人々が大好きで、何度も行きたい!と楽しい気持ちいっぱいだったけれど、歴史を知り、思うと悲しく、単に楽しい!の気持ちだけで訪れていいのだろうかと思いました。 「私は台湾を紀行している。絶えず痛みを感じつつ歩いている。」 そして、何度も出てくる「人間の尊厳」という言葉。 互いを尊重しあえる世界のために、私たち個人が互いを尊重するようにしなければいけないですね。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
秦が法家思想の取り込みに失敗してからというもの、公の体系としての法家思想は中国には根付かなかった。漢の武帝が儒教を国教として以来、中国の皇帝は私であり、公であることがなかった。それは蒋介石とその子蒋経国もそうであった。蒋経国は私としての権力の弱さに気づいていたのか、台湾人の俊才の抜擢を始めた。具体的には、李登輝を副総統として将来の総統になる準備をさせたのである。台湾の奇跡はここから始まる。
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台湾の取引先の偉い人と会話する中で、先方に勧められたこともあり今回本書を手に取った。その御仁は日本のドラマを時々見るのだそうだが、一番好きなのは坂の上の雲だという。理由は台湾統治に携わった人達が次々と登場してくるからだという。
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