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贋の侍女・愛の勝利 の商品レビュー

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2014/04/04

男装少女、八面六臂の大活躍。 フランスの劇作家マリヴォーの戯曲が二作品。どちらもヒロインが男装して自分の望みをかなえようと奮闘するもの。どちらもうまくいく。楽しい。きっと小柄で瞳が大きくて、あまり大人の女性の魅力はなくて、思わず助けたくなるような娘なのだろう。男装ヒロインといえ...

男装少女、八面六臂の大活躍。 フランスの劇作家マリヴォーの戯曲が二作品。どちらもヒロインが男装して自分の望みをかなえようと奮闘するもの。どちらもうまくいく。楽しい。きっと小柄で瞳が大きくて、あまり大人の女性の魅力はなくて、思わず助けたくなるような娘なのだろう。男装ヒロインといえば、シェイクスピア『ヴェニスの商人』のポーシャだけど、彼女が大人のイメージなのに比べて、「贋の侍女」の騎士も、「愛の勝利」のレオニードも少女のイメージ。 マリヴォーを知ったのは、宝塚の公演がきっかけ。「めぐり会いは再び」はマリヴォーの「愛と偶然の戯れ」が元だけど、登場人物を増やしたときに、「愛の勝利」の登場人物の名前(レオニード、コリーヌ、エルモクラート、アジス)を借りてきている。もしかしたら、「贋の侍女」から伯爵夫人と騎士は来ているのかも。全然違うキャラクターになっているので、それがまた面白かった。

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2011/12/24

17世紀フランスの劇作家マリヴォー(1688-1763)による異性装喜劇二作品。 『贋の侍女』(1724年の作) 男装という仮面を被ったヒロインを中心に、登場人物の台詞の多くが、嘘だ。嘘がばれそうになれば、さらりと別の仮面=別の嘘をまとって、まるで打ち明けられる内面の重みを...

17世紀フランスの劇作家マリヴォー(1688-1763)による異性装喜劇二作品。 『贋の侍女』(1724年の作) 男装という仮面を被ったヒロインを中心に、登場人物の台詞の多くが、嘘だ。嘘がばれそうになれば、さらりと別の仮面=別の嘘をまとって、まるで打ち明けられる内面の重みを隠そうとしているかのような、或いは初めから重苦しい内面なんて無いかのような、そんな飄々としたテンポ、それが喜劇の楽しさであろうか。脇役のトリブランを始め、登場人物の全てが喜劇の役割を生きており、筋もしっかりとしていて面白く、愉快に読むことができる。 『愛の勝利』(1732年の作) 前者に比べて、喜劇としての面白さはあまり感じられなかった。やはり男装したヒロインが、一方では男として何も知らないレオンティーヌを誘惑しながら、次の瞬間にはヒロインの本当の性を見破った(しかし彼女の高貴な身分はちゃんと隠されたままの)エルモクラートを女の色香で惑わす。このドタバタぶりは、前者以上に喜劇的な面白さがあるはずだが、騙されるエルモクラートとレオンティーヌの人物印象が、余り喜劇的に感じられなかった。 勿論、戯曲は、読むものではなく、演出によって個性と劇空間とが与えられ・舞台の上で・生身の役者によって・演じられるものである。実際の演劇では、どのような芝居になるのだろう。 訳も読み心地が好い。 巻末には、マリヴォー劇が現代に復権する経緯も詳しく書かれている。 □ 不実な心現れなば われら女(おみな)はいかにせん。 ひとり身は実(げ)に辛けれど 人と添わずに生くべきや。 さはさりながら夫(つま)のなき、心許なさ 淋しさよ。 男の性(さが)はあさましき この世の定めと言うなかれ。 あげつらいはほどほどに、女の性(さが)こそわれらには 百倍まさりておろかしく、笑止なりとぞ映るなれ。 (『贋の侍女』幕間寸劇より) 女と男の情愛の遣り取りの語られ方が、三百年前から殆ど変わっていないことに、驚くと云おうか、呆れると云おうか。 そもそも、女優に男装させて聴衆のエロティシズムをくすぐるという現代ではありふれた手法自体が、遅くとも18世紀には既に発明されていたわけで、その意味では、「女性性」の利用のされ方が、三百年このかた大して変わることなく反復されてきたのであり、セクシュアリティの保守性に、驚くと云おうか、呆れると云おうか。

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