「いい家族」を願うほど子どもがダメになる理由 の商品レビュー
家庭に「成果主義」はなじまない。 著者の主張はこの一言に尽きるのである。 お金を稼がなければならない仕事においては、プロセスもさることながら何より結果が求められることは当然である。ところでそうした考え方が、家庭に持ち込まれてはいないだろうか、と著者は問うのである。 家庭...
家庭に「成果主義」はなじまない。 著者の主張はこの一言に尽きるのである。 お金を稼がなければならない仕事においては、プロセスもさることながら何より結果が求められることは当然である。ところでそうした考え方が、家庭に持ち込まれてはいないだろうか、と著者は問うのである。 家庭が円満である状態を保つことが子どもを「いい子」に育てることと近い意味を持つのであれば、著者の指摘はまさに的を射たものとなる。 親の目の前で言うことをなんでもよく聞く「いい子」。 親の言うとおりの友達選びをする「いい子」。 親が望むとおりに(言葉にする、しないにかかわらず)よく勉強し、レベルの高い学校に入る「いい子」。 我々は子どもにこのような姿を望み、暗にそうなるよう促してはいないだろうか。これらはすべて子どもに「結果」を求める、とてつもなく大きなプレッシャーとなる。耐えられなくなった子どもは自らの心を閉ざし、あるいは暴発させ、ようやく「逃げ道」を作るのである。 私も父親として、結果ではなくプロセスを大事にした家庭生活を送りたいものだ。本書に紹介されるような事例は、「必ずそうなる」ものではないだろうが、「どの家庭にも起こり得る」ものであることは自明である。ゆったりとした心で子どもの成長を見守る親に、自ら成長してゆきたいと強く思う。
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