惜別 仕事人生(上) の商品レビュー
人は一生に一冊の本が書ける、という。その一生を本に例えた言葉だが、この人の場合、2分冊に分け、細々としたデータを含め、その半生を書いている。序章で「死後の世界はわからないが、私が勝手に想像する浄土は、まず輝くばかりに明るくなくてはならない。そして、さぜか寒気の厳しいところである」...
人は一生に一冊の本が書ける、という。その一生を本に例えた言葉だが、この人の場合、2分冊に分け、細々としたデータを含め、その半生を書いている。序章で「死後の世界はわからないが、私が勝手に想像する浄土は、まず輝くばかりに明るくなくてはならない。そして、さぜか寒気の厳しいところである」としているのも、彼にとって生涯で一番印象深かったのが、1963年11月に立った南極点の記憶だからだろう。大倉文雄。朝日新聞の学芸・科学部から経済部から、テレビ朝日取締役、静岡県民放送(現静岡朝日放送)社長。新聞記者の駆け出し時代から、それぞれの時期の話がすべて実名で記述されている。日銀担当時代に次期総裁の人事を誤報した、などというのは新聞記者としては命取りほどの誤報だが、誤報も大きければ大きい方が良いのかも。有楽町にあった朝日新聞の社屋が築地へ移転する際、阪急や日劇と共同でマリオンを建てていく裏話、テレビ朝日での10年間の文化活動へのアプローチなどを書いている。恐らくメモ魔という言葉が昔あったが、この筆者は、事細かにメモを残してきたのであろう、と思った。
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