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壬生義士伝(角川書店)(2) の商品レビュー

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2009/10/04

「『吉村ァ〜〜〜ッ』(俺は声をかぎりに叫んだ!)」 ああなんていいシーンだ。こうして字にしてしまえばよくある陳腐な場面じゃないか。それをここまで泣かせるのは筆者の画の冴え(雪夜の重たいほど暗い川の連続から、突如として人がちっぽけに見える風巻く夜空に重なる絶叫、さらに一瞬を切り取...

「『吉村ァ〜〜〜ッ』(俺は声をかぎりに叫んだ!)」 ああなんていいシーンだ。こうして字にしてしまえばよくある陳腐な場面じゃないか。それをここまで泣かせるのは筆者の画の冴え(雪夜の重たいほど暗い川の連続から、突如として人がちっぽけに見える風巻く夜空に重なる絶叫、さらに一瞬を切り取ったようなアップとモノローグ!)、そして原作の着々と踏み固める心情描写の巧みさだろうか。 はじめ吉村を守銭奴と嫌っていたと断言していた竹中が、しだいに「だから嫌い」から「だから好き」に変わる見事なツンデレ。などと冗談めかしてもしかたないが、守銭奴の何が悪い、あいつは、あいつはなあ、と感情移入させるさま、見事としか言いようがない。 惜しむらくは美男の顔が似通ってしまい、なまじ主役級のキャラあふるる新撰組勢揃いの場面など誰が誰か見分けづらくなってしまうことだろうか。 これが俳優ならせいぜい似た風な顔で通るが、マンガの悲しさで美男の顔のパターンは限られてしまう(よく『SLAM DUNK』の選手の描き分けが褒められるが、あれは半分当たりで半分は的外れだ。醜男を描くことは難しいが、醜男を描き分けるのはむしろたやすい。特徴あるパーツを組み込めるのだから。涼しいパッチリ目に通った鼻筋、きりりと眉に形のいい唇、と形態が限定される美男の描き分けの方が遙かに難しい)。 ながやす先生の絵は写実的だが、美男はとことん整った顔で描くタイプだ。たとえばベニチオ・デル・トロのような造作が崩れたいい男、という顔は先生のパターンにない。 しかしこういう徹底的に汚いパーツを排除して描かれる美男も良いものではあり、それゆえ給金アップに涙ぐむ吉村のあの決め顔が猛烈に説得力を持つのだ。ぐしゃぐしゃに崩れた顔ではなく、ギリシャ彫刻のように整った顔が流すひとすじの涙にこそ意外性があり心がつかれる。やはりこの絵、敬服せざるをえまい。 この清廉な画で盛岡の悲惨な生活をどう描けるか、多少の心配はあるけれど、同時に盛岡の美しさを見事に描き切るであろう期待も大きい。

Posted byブクログ