ある放浪者の半生 の商品レビュー
サマセット・モームと名付けられた人の話になったと思ったら、BBCに書いているタイプライター持ちの記者の話になったり、色々場面転換したなあと思ったら「たぶん、私の人生でもなかったんでしょうけどね」とのセリフで終わる。不思議な物語で、惹き寄せられて読んでしまった。
Posted by
『ある放浪者の半生』は、文豪(と日本では称されるが本国ではそれほどでもないらしい)サマセット・モームから拝借したミドルネームを持つ主人公ウィリー・チャンドランの半生を描いた作品である。全体は「サマセット・モームの訪問」「第一章」「再訳」の三章に分かれている。「第一章」の前に「サ...
『ある放浪者の半生』は、文豪(と日本では称されるが本国ではそれほどでもないらしい)サマセット・モームから拝借したミドルネームを持つ主人公ウィリー・チャンドランの半生を描いた作品である。全体は「サマセット・モームの訪問」「第一章」「再訳」の三章に分かれている。「第一章」の前に「サマセット・モームの訪問」という章が来て、「第二章」はなく、三章目は「再訳」と題される不思議な章立てである。 事実上の第一章にあたる「サマセット・モームの訪問」では、主に名前の由来である英国作家と父の出会いが綴られる。主人公の父は藩主(マハラジャ)の廷臣の家柄に生まれながら大聖(マハトマ)の不服従の精神に鼓舞され、特に愛してもいない最下層のカーストの女性と一緒になることで家を出る。寺院の中庭で乞食暮らしをしながら沈黙の行を始めるが、皮肉なことにそれが話題となり聖者扱いされる。インド滞在中に父のもとを訪れたモームが帰国後小説の中で触れたことで、父は英国でちょっとした有名人となっていた。息子が書く物を読んだ父は英国の知人に手紙を書き、ウィリーは英国のカレッジの奨学生となる。 事実上の第二章にあたる「第一章」では、ウィリーのロンドンでの暮らしが描かれる。留学生たちのボヘミアン的な生活にも慣れたウィリーは文章を書き始める。友人の紹介で出版された短編集の反響のなさに落ち込んでいるウィリーのところに読者から手紙が届く。手紙の主であるポルトガル領アフリカ出身の女性アナとの出会いが機縁となり、ウィリーはアフリカに渡る。第三章では18年暮らしたアフリカを去り、妹の家に身を寄せた主人公のアフリカ暮らしの回想が語られる。 父や母にこだわり自分の出自を気にするのは確固とした自我がなく、それらに寄りかかることで自分を規定しようとしているからである。西欧人のように唯一神と直面することで自己というものを自らの裡に築き上げる経験を持たない多神教の民は、国家や民族、あるいは社会階層というものに帰属することで自らの自我を安定させようとする。しかし、自分の民族の言葉でなく英語の教育を受け、ミッションスクールで学ぶインド人留学生にとって帰属できる場所とは何処だろうか。 主人公は愛する女性の中にその答えを求めアフリカ行きを決めるが、18年後のある日濡れた階段で足を滑らせ頭を打つことで啓示の如く悟る。18年間のアフリカ暮らしは自分のではなく彼女の生を生きていたのだと。中年となった主人公はベルリンで暮らす妹の家に身を寄せる。原題「HALF A LIFE」は半生と解するべきだろうが、自立した生活者となった妹とは異なり、主人公はかつての日々を回想することで、残りの半生を送ることになるだろう。 全編を通じて伝わってくるのは、自らは積極的に動くこともなく、その都度自分の前に現れる対象に寄り添って行動する主人公の態度のいい加減さである。最下層のカースト出身の母と結婚した父を憎み、自己の出自を偽る物語を創作するうち、いつしか自分と直面することを回避する生き方をたどる主人公に割り切れない思いを抱きながらも、どこか奇妙なリアリティーを感じてしまうのは、戦後、アメリカ的な生活にどっぷりと浸かりながら、どこかで違和感を感じている我々日本人にとって案外誰もが主人公に似た日々を送っているという思いがあるからだろうか。 ナイポールはトリニダード出身のインド移民3世。オックスフォード大学卒業後、BBCの仕事をした後作家活動に入った。旧植民地出身の英語文学作家の旗手として2001年にノーベル文学賞を受賞している。主人公のたどった経歴と作家のそれが重なっているように、旧植民地出身でありながら宗主国の言語で思考し、創作活動をするという作家のアイデンティティーのあり方は、21世紀文学の行方を示すものかも知れない。
Posted by
父親の生き方に反発し、インド、ロンドン、アフリカと放浪し、40になっても自分の人生を生きることのできない男のお話。 特段筋らしきものなく淡々と進むストーリー、魅力的なキャラクターもでてこない。そういう意味では、主人公のウィリーの人生そのものな小説だった。しかし、物語・小説とし...
父親の生き方に反発し、インド、ロンドン、アフリカと放浪し、40になっても自分の人生を生きることのできない男のお話。 特段筋らしきものなく淡々と進むストーリー、魅力的なキャラクターもでてこない。そういう意味では、主人公のウィリーの人生そのものな小説だった。しかし、物語・小説としての面白さを感じることはできなかった。300ページ程度の短さだったからなんとか読み切ることができた。 ノーベル文学賞作家の作品に☆x2の評価をする自分の勇気に乾杯。
Posted by
人生はすんなりと始まるわけでもなければ、きれいに終わるまけでもない。出生/生育暦を含めて、核たるものに定まらない自己をかかえつつ別の自分を探し、出会う人々の虚実の中を巡り居場所を確立しようとするが、獏たるままな周辺に中途半端に時は過ぎて行く苦いハナシ。人生は進んでいくしかない。真...
人生はすんなりと始まるわけでもなければ、きれいに終わるまけでもない。出生/生育暦を含めて、核たるものに定まらない自己をかかえつつ別の自分を探し、出会う人々の虚実の中を巡り居場所を確立しようとするが、獏たるままな周辺に中途半端に時は過ぎて行く苦いハナシ。人生は進んでいくしかない。真ん中で終わって、でもまだ世界はそこにある。
Posted by
- 1