樋口一葉 人と文学 の商品レビュー
この本を執筆することは、勇気が必要だった、と著者はあとがきで書いている。多くの先人がすでに樋口一葉について書いているなか、自分の出る幕は無い、と。しかし、自らの勉強のため、と謙虚な気持ちで執筆を引き受けたと。 締め切りにも間に合わなかったとのこと。そして、苦心の末に書き上げたのが...
この本を執筆することは、勇気が必要だった、と著者はあとがきで書いている。多くの先人がすでに樋口一葉について書いているなか、自分の出る幕は無い、と。しかし、自らの勉強のため、と謙虚な気持ちで執筆を引き受けたと。 締め切りにも間に合わなかったとのこと。そして、苦心の末に書き上げたのがこの著作である。 樋口一葉の文学を深く理解するために、とても良い参考書だと思った。一葉の残した日記や覚書、草稿などを丹念にたどりながら、一つひとつの文学作品の成立過程をわかりやすく解説し、一葉の成長過程を跡付けている。 従来の説に対して、著者独自の見解も随所に対置させてあり、興味深く読んだ。 たとえば、「小説ハ糊口の為になすべき物にあらず」という一葉の有名な言葉に関して、従来、これは奥泰資の「文学と糊口」の影響があげられている。それに対して著者は、それだけではなく、一葉が小説家として名を知られ始め、これからという時に小説が書けなくなった、その体験こそが、彼女にそう言わせたのだと指摘している。 一葉は、このスランプ期に、自分が書く小説のあり方を追求し、文学のより高い質的創造を模索していたのだ。 なるほど、一葉の心をより深く理解しようと努める著者の洞察の深さを感じた。 下谷区龍泉寺町時代、荒物、子ども相手の商売を始めた頃、一葉は新聞広告に載った怪しい「占い師」のもとを訪問し、金銭的援助を申し込む。なぜこのような大胆な行動に一葉は出たのか?著者は、小説執筆こそが生きる道だと決めた一葉の心がそうさせた、と見る。 一葉は、やがて商売を辞めて、小説執筆に専念することを決意する。すぐさま関係を絶っていた半井桃水のもとを訪問する。桃水は、大橋乙羽に一葉の意思を伝えて、そのことが、新たな執筆の舞台となる博文館と一葉の関係が生まれる遠因の一つになる。 なりふり構わぬ一葉の行動は、「書くこと」に賭けるしかないとの決意こそがさせたものだと著者は見る。そうして、「奇跡の十四カ月」が始まってゆく。 このあたりの考察は、圧巻だ。一葉の本気度が並大抵でないことがひしひしと伝わってきた。 最終章では、未完となった小説群の読み解きを通して、一葉の目指すべきところを著者独自の視点で浮き彫りにしていて、一葉の強い思いに触れることができた。この本を読むことができて良かった、と心から思った。 一葉批評の新たな峰を築いた著作だと思う。
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